まったくもって個人的な序章

prologue1
16年前、私が住んでいた一風変わった名前のアパートは今なお残っていました。現在は改修中の模様。
 仙台という街を端から端まで全て廻って、その中で自分なりにノスタルジックと感じたものを写真
に収めてみよう。しかも単焦点レンズ一本だけで。それがこのシリーズのテーマです。
 一眼レフで写真を撮り始めた頃から、仙台を舞台に一つの大きなテーマをやってみたいという考
えは漠然とありました。それが具体的なイメージとして形になってきたのは、1年くらい前からでしょ
うか。仙台湾を中心に小テーマを幾度か撮っていくうちに、このテーマが明確になっていったように
思います。そして「私家版おくのほそ道」の撮影が一段落するのと前後して、今年の3月頃から見
切り発車的に撮り始めてみました。「私家版」に続く長期テーマと位置づけているので、この「仙臺
のすたるじぃ」も数年がかりの撮影になる見込みです。まだまだ手探り状態で、自分でも何をもっ
てノスタルジーとするのか明確な定義が出来ていなかったりもしますが、撮影の中で自分なりにそ
の答えが見つけられればと思っています。

prologue2
アパートの裏手。窓を開けても目の前に隣の建物の壁があり、日差しも届かず風も入ってこない部屋でした。
 個人的に仙台という街には相反する二つの感情を抱いていたりします。一つは、東北随一の都市
に対する羨望。東北の片田舎に住んでいた私にとって、子供の頃から仙台と言えば都会の代名詞
のようなもので、仙台へ遊びに行くのは特別な意味を持っていました。特に、保育園の頃仙台の路
面電車が廃線になるからと父に連れられて電車に乗った体験は、今なお幼少期の原風景として記
憶に残っています。私が仙台に対して郷愁的だと感じるのは、恐らくこの記憶に因るところが大きい
のではないかと思います。あるいは高校時代、遠足で訪れた仙台は五月晴れの快晴で、その空の
青さや初夏を思わせる暑さ、帰路の夕暮れの景色が仙台のイメージとして強烈に焼き付いている
のも、このテーマを撮らせるに至った一因かもしれません。 
 一方で、仙台にはどうしようもなく絶望的な、深く暗い負の感情を抱いているのもまた事実だった
りします。大学卒業後、新卒で入社した会社で転勤を言い渡され、一人仙台の地へ降り立った私
は、そこで今までにない苦渋を味わうことに。慣れない土地での社会生活に慣れない営業の仕事
で、成績はマイナス一直線。折しもその年は観測史上最高と言われた猛暑で、連日35度以上の
気温のなかネクタイを締め徒歩で営業廻りをして、職場に戻っては成績不振で上司に怒られ、更
にはアパートに戻っても暑さで眠れずと、心身共に疲労が蓄積していきました。その結果、秋半ば
に高熱でダウン。病院で精密検査を受ける羽目に。幸い十日ほどで体調は戻りましたが、翌年秋
田へと転勤するまで、仙台という街には猛烈な苦手意識がついて回りました。

prologue3
私が住んでいた頃に建設が始まった高層マンション。完成後、この地域で一番目立つ建物になっています。
 そんなアンビバレントと素直に向き合ってみる、というのも今回のテーマで自分に課した命題でし
た。今もって仙台の街を廻っていると、楽しかった記憶や辛かった記憶がまざまざと甦ってくるので
すが、その感情も含めて何かを表現出来ないかと、「私家版」とはまた違う、己の内面に踏み込ん
だ形での写真にしてみたいと思っている次第です。同時に、自然風景を中心に撮ってきた私が本
格的に街角スナップをやってみるという意味でも、初挑戦となるテーマです。理想だけは高く、けれ
ども技量が追いつかずが私の常ではありますが(笑)、どこまで何が出来るか、見守っていただけ
れば幸いです。

                                                     2010.9.29記


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