宙 (そら)のまにまに


 2009年7月から放送されたテレビアニメ。全12話。原作はアフタヌーン連載のコミッ
ク。監督は「ガンダムX」「スクールランブル」等の高松信司氏。キャラデザインは「姫ちゃ
んのリボン」「赤ずきんチャチャ」等少女マンガ作品で定評のある渡辺はじめ氏。 
 「けいおん!」のヒットが記憶に新しいですが、最近何故か多い高校の部活動をメイン
にした作品の一つです。主人公の大八木朔は文学好きのおとなしい少年で、子供の頃
近所の元気な女の子にさんざん引っかき回されて、無理矢理天体観測させられたことが
トラウマになっていたり。そんな彼が高校進学と同時に幼年期を過ごした町へと戻ってき
て、トラウマの原因となった星空大好き少女・明野美星と再会するところから物語は始ま
ります。彼女に押し切られ、なりゆきで弱小の天文部へと入る朔。始めは星空に興味が
なかったものの、次第にその魅力に気付いて・・・というお話。
 主人公が廃部寸前の部活に入部し、活動にのめり込んでゆくのは学園ものの定番パ
ターンの一つですが、天文部という比較的地味な(失礼)、これまであまり取り上げられ
ることのなかった部活を題材にしているのが目新しい作品です(余談ですが、書道部を
題材にした「とめはねっ!」が来年NHKで実写ドラマ化。またカメラ雑誌全面協力で執筆
されている写真部を題材にした「瞳のフォトグラフ」等、今のマンガは文化系の部活がト
レンド?)。そして学園ものらしく恋愛要素もそれなりにありますが、この作品の場合星
空や天体観測の魅力をいかに伝えるかに力点が置かれていて、専門的な部分も分かり
やすくかみ砕いて描写しており、天文学入門に適した教材的側面を持っているのも特徴
的です。
 アニメ化に際しては天文雑誌や天文台が協力。事前に入念なロケハンも行われ、星
空の場面では本物と同じ夜空を再現しています。季節による見え方の違いは勿論、郊
外と山奥で見える星の数の差異(+夜空の明るさ)、更にはキャラの立っている方角や
アングルによっても星の位置が変わる徹底したこだわりは必見。毎回クライマックスで
描かれる星空は息をのむ美しさで、ハイビジョン製作である利点を目一杯生かした映像
美となっています。私も初めて背景美術の美しさだけで感動して泣くという体験をしました。
あとエンディングに登場するキャラの服装や星座が、作中の季節によって変化する演出
も小粋だったりします。
 だからと言って妙に生真面目な、教育番組的な作品かと言うと全くそんなことはなく、ス
トーリーはむしろコメディ調。どこか「こどものおもちゃ」を彷彿させるテンポの良い演出と
あいまって、気軽に楽しめておおいに笑える内容となっています。一方で放送時は「毎回
が最終回」と評されるほど心に染みる展開が織り込まれていて、30分の中で笑えて泣け
る、エンターテインメント性が凝縮された構成になっているのも特筆かと。作画も話もどち
らかと言うと少女マンガ的な繊細さに満ちていて、必要以上に重苦しくならず、不必要に
暴走せず、上質な肌触りの語り口でまとめられており、マニア向けに走ることのないバラ
ンス感覚で統一されているのが魅力です。ちなみに全話の脚本を高松監督が執筆して
いて、この分かりやすさ・親しみやすさは「勇者シリーズ」や「こち亀」も手がけた監督の
持ち味が発揮された結果かなと愚考してみたり。
 そして何より、天文部を題材にしながらも日常的な学校生活のドラマを主体にしている
ため、誰もが共感や追体験出来る雰囲気に満ちていて、見ていて「そうそう」とか「あるあ
る」とか「似たようなことやったな〜」と頷きながら楽しめるのが、この作品の素晴らしさで
はないでしょうか。とにかく視聴していると自然と頬が緩んでしまうのです(笑)。泣けてし
まうのです(苦笑)。この楽しさは、是非実際に作品を鑑賞して味わってほしいと願うとこ
ろです。
 メインヒロインの美星がやや電波ちっくな女の子であるため、その言動に引いてしまう
部分もあるかと思いますが(特に1話Aパート)、そこを乗り越えると魅力的なキャラ達が
精一杯大好きなことに打ち込んでいる様子が描かれているので、むしろその真っ直ぐさ
に惹かれる部分が大きいのも面白さの一つだと感じます。基本的にイヤな登場人物が
一人もいないので(初登場時はイヤな奴でも実は・・・というお約束はアリ)、理想的すぎ
ると批判する向きもあるかもしれませんが、そういった方向性を求める作品でもないで
しょうし。主人公はやや後ろ向きな性格ではあるものの、等身大の少年として描かれて
いて、視聴者が視点を委ねやすいキャラ設定になっているのも作品の敷居の低さに繋
がっていると言えそうです。恋愛にはとことん鈍いというギャルゲー主人公スペックを兼
ね備えてはいますけど(笑)。
 アニメは主人公が高校に入学して2年生に進級するまでの一年間を描いていますが、
原作では進級後も話が続いているので、2期シリーズを切望する次第。それと現在DVD
がリリース中ですが、ブルーレイでの発売予定がないのが非常に残念だったりします
(09年11月現在)。あの映像の美しさはブルーレイでこそ堪能したいと思えるので、メ
ーカーさんは是非にも検討を!

 余談。文学好きの主人公がバスの中で坂口安吾の「桜の森の満開の下」を読んでい
る女性を見かけて、嬉しくなって声をかけたいと思う場面が3話にありますが、実際「桜
の森の〜」を読んだ身からすると、むしろあの作品を好んで読んでいる人とはあまりお
近づきになりたくないよーな・・・(苦笑)。

                                         (2009,11,27記)


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