情けない叫び声を上げてゲイリィが地に転がった。苦痛にもがくその身体を脚
で押さえつけ、ケインは男の心臓に銃口を押し当てた。
「急所ははずしてある。このまま立ち去れば良し、さもなくばトドメを刺す」
どこまでも冷たい眼光で言い放つケインには、死神の如き無慈悲な凄味があ
った。
「わ、分かった……もうあんたにゃ近付かねぇよ」
呻くようにゲイリィが言った。それを確認すると、ケインは起き上がったミリと共
に背を向けた。当然予想される反撃を知りながら。
 二人が距離を置いたのを確認すると、ゲイリィは痛みを堪えながら銃を振り
かざした。震える腕でケインを狙う。
「やはりな……つくづく情けない奴」
風にかき消されそうな微かなものだったが、撃鉄の動作音をケインが聞き逃す
はずもなかった。振り向きざまゲイリィの心臓合わせて銃を抜く。だが、強風は
思わぬ結果をもたらした。
「……!」
どこからか飛んできた大きな看板がゲイリィの頭部を直撃した。そのまま寝転
がっていれば助かったものを、上半身を僅かに起こしていたことが不幸を招い
た。人間すら吹き飛ばされそうな猛烈な風に乗った分厚い看板は、圧倒的な
力でゲイリィの頭を無惨に潰した。
 とっさにミリの視線を隠すようにしながら、ケインは殺し屋の末路を見つめた。
人を殺し続けた人間の最期などこのようなものだろうと思う。それはケイン自
身も例外ではない。
「………」
無感情な瞳をそこからはずすと、ケインは恐怖に震えるミリをそっと抱えて店
へ戻っていった。後には、風に晒されるみじめな男の残滓だけが残った。

 翌朝。ゲイリィの遺体は強風が連れ去ったのか、僅かな血痕を滲ませるだ
けで綺麗さっぱり消えていた。最初は昨日の悪夢に怯えて怖々と荒れ地を覗
き込むミリだったが、それが幻のように失せているのを知るとようやく顔を綻
ばせた。
「人知れず消えてゆく死、か……」
珍しくケインがそんなことを口にした。あの殺し屋に自分を重ねて見ていたの
かもしれない。だがそれは一瞬の感傷だ、とケインは内心自嘲した。
「……!」
いつもの場所に水を撒こうとしたミリが、何かに気付いて突如喜びの笑みを
見せた。何事かとケインが側に屈み込むと、踏みしめられた大地から小さな
芽が顔を出していた。それは、堅い地面を破って緑の新芽が空へ伸びようと
している瞬間だった。
「やったな」
ミリの頭を撫でながら、ケインは短い賛辞を送った。少女はとびきりの笑顔
をケインに向けると、
「お花!」
一言、透き通る声でそう言った。初めて耳にするミリの声は、天使のように
暖かく可愛らしかった。
「そうだな……」
この時だけは、少女のその笑顔が偽りのものではないとケインは信じたか
った。そう信じてみたいと思えた。

                                          (了)

                                (1999 12 13著)
                                (2003 3 16改訂)



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