「う゛ー……マンボ……」
謎の呪文を残して、再び眠ろうと寝袋の中でもぞもぞとする。
「お早う御座います」
そこへ、あゆさんの爽やかな声が降りかかった。寝ぼけまなこのまま島原がうっすらと目
を開けると、朝日の中ノースリーブにキュロット姿のあゆさんが優しく微笑んでいた。陽光
が薄着の衣服を透かし、流麗でしなやかな身体のラインが鮮やかに浮かび上がった。
「………」
その美しさに、島原は勢いよく上体を起こした。思わず呆然と見とれてしまう。
「もうすぐ朝御飯ですから」
そう言うとあゆさんはくるりと向きを変えて去っていった。腰のあたりでゆったりと結んでい
る長い髪がふわりと舞い、彼女が歩くのに合わせて静かに揺れた。
「う、美しい、よなぁ……やっぱり」
朝から目の保養になったと島原は感動したが、同時に男の本能で寝袋から出るに出られ
ない状況になってしまった。
「お早う御座います」
そこへ部下Bが無遠慮にアップで迫ってきた。
「わ、見苦しいんだよ、おめーは!」
島原は部下Bの顔を押しのけた。感動は一瞬にして霧散していた。
三人は朝食を済ませると、出発の仕度をした。砂漠のど真ん中でご飯にみそ汁、納豆
というメニューだったが、島原はもうその違和感を気にしなくなっていた。
「さてと、のんびりいきますか」
終始こんな調子である。つくづく呑気であった。
「で、どこに向かうんです?」
「俺に訊いてどーする」
部下Bの問いに、島原が切り返した。
「それを考える為にお前がいるんだろーが。この辺には砂漠しかないのか?」
「そーですねぇ……」
部下Bはぐるりとあたりを見回すと、
「あちらの方角に砂漠の民の村があります」
と指さした。だが島原にはどっちを向いても同じ砂漠にしか見えなかった。
「砂漠の民?」
「砂の中で生活している者達です」
「ふーん」
良くは解らないがそういう連中がいるらしい。ともかく島原はその砂漠の民の村とやらへ
行くことにした。
「そう言えばさ……」
変わり映えのしない風景をただひたすら歩きながら、島原は昨日から疑問に思っていた
ことを口にした。
「あゆさんは何でそんなに救世主に肩入れする訳?」
「あたし、ですか?」
「うん。何か信念みたいなものでもあるの?救世主に対して」
「そうですね……」
あゆさんは静かに口を開いた。
「あたし、小さい頃からずっと救世主のお話を聞いて育ったんです。いつかこの村に救
世主が現れ、みんなを幸せにしてくれるって。だからあたしも救世主に会えたらきっと
幸せになれるんじゃないかって、そう信じていたんです。そしてもし本当に来てくれたら、
あたしも何かお手伝いしたいって、そう思っていました」
「へぇ……偉いんだ」
「そんなことないです。ただちょっとでもお手伝いができたらいいなって……だから今と
ても嬉しいんです」
自分の心情を話すのが恥ずかしいのか、あゆさんは照れくさそうに呟きがちに言った。
「幸せ、か……」
何かを信じ続ける、それ自体が幸せに繋がることもあるのかもしれないと島原は思っ
た。自分に対する過度の期待は迷惑だったが、あゆさんの場合それはそれでいいの
ではないかと感じられた。
「私の場合はですね……」
「おめーはいい」
もちろん、島原は部下Bの動機など聞く気はなかった。
陽が高くなると、気温はぐんぐん上昇した。始めは「ちょっと〜振り向いて〜みただ
けの地底人〜」とまた怪しげな歌を歌っていた島原も一気にだらけてしまった。だらし
なく背を丸め、さもやる気なさそうに足を動かす。
「喉乾いた〜……水〜……」
「駄目ですよ。水は貴重なんですから」
島原の訴えを、部下Bが一蹴する。
「お前知らないのか?昔から『駆けつけ三杯』と言ってだな、砂漠の旅行者に対して水
を三杯あげるのが砂漠に住む者の礼儀なんだぞ〜」
また大嘘をつく。
「ですが『三杯目にはそっと出し』という言葉もありますし」
部下Bも負けてはいなかった。
「なんでお前がそんな言葉知ってるんだよ」
訝しげに島原が部下Bを一瞥した。やはりこの世界は怪しい、と改めて思う。
「だいたい、この方向で正しいんだろーな」
「ええ……多分」
「多分だぁ?ホントに正しいのか?」
「多分ですけどね」
「当てにならねー奴だな」
のらりくらりとした部下Bの返答に、島原はだんだんイライラしてきた。
「そもそも方向音痴のお前が何で道案内なんだよ」
「さあ……私もよく解りません」
「………」
なんかもう怒るだけ無駄のような気がする。この世界の人々は皆こうなのだろうか。
物事に拘泥しないというか、いきあたりばったりというか……。
「この前みたいに元の場所に戻るなんてことはないだろーな」
「大丈夫ですよ。ほら、着きました」
いきなり部下Bは立ち止まった。だがそこは一面何の変化もないただの砂漠である。
「着いたって……人っ子一人いないじゃないか。どこに村があるんだよ」
島原の疑問は当然だった。
「だから言ったじゃないですか」
部下Bはおもむろにしゃがみ込むと、耳を砂に当てて、
「もしもし、もしもーし」
といきなり砂をノックした。
「あのなー……」
島原は呆れた。だが部下Bが意味不明のノックを続けていると、ずずずずとその場
所の砂が盛り上がり、人の上半身が現れた。思わず島原が飛びのく。
「なっ、なっ、なんだよ、これ?」
「ですから、砂の中に住む砂漠の民です」
「どーも」
ウェットスーツみたいなものを着込み、アクアラングのような器具を顔につけた男が
片手を上げて挨拶した。
「☆◎△※!」
なにもかもが不条理だ、と島原はつくづく実感した。
(了)
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