「なんと!救世主とな。すると我らの敵を倒していただけるので?」
「それはもう、救世主ですから」
頬に傷のある全身木だらけ男と部下Bの間で勝手に話が進んでいた。
「てめっ、何を……」
島原が反論しようとしたが、その口を部下Bが塞いで、
「この方はあらゆる困難を解決する力をお持ちなのです」
と自信満々に説明した。
「それは素晴らしい!」
「さすが救世主だ」
森の民の男達が口々に島原を讃えた。
 その時である。ふいに地鳴りがしたかと思うと、木々の梢を透かして頭上にぬっと黒
い影が現れた。見上げると、それはまさしくドラゴンだった。長い首と逆立った鬣、鋭く
輝く赤い瞳と大きく裂けた口からこぼれんばかりの白い牙、まさしくRPGやアニメによ
く出てくるドラゴンそのものである。
「まぁ、おっきい〜」
あゆさんは素直に感心した。
「ドドンゴ……じゃなかった、ドラゴンだ!モノホンのドラゴンだ!!」
その瞬間、島原の理性は吹き飛んだ。頭の中で何かがぷつんと切れ、意識が真っ白
になった。くるりとドラゴンに背を向け、全速力で駆け出す。
 それを見てドラゴンはあんぎゃーとひと声吠えると、島原の後を追いだした。木々を
なぎ倒しつつどすどすと前進してゆく。
「あ〜あ、行っちゃった」
その光景を見て、部下Bはさも他人事のように呟いた。いや、事実彼にとっては他人
事だった。
 島原の走る様といったら、もはや人間の範疇を越えていた。前方に立ちふさがる木
々を本能的にかわしつつ、森の奥へ奥へと疾駆する。その足はともすれば地に着い
ていなかった。殆ど009か8マンである。今ならオリンピック金メダルも夢ではないだ
ろう。
 ドラゴンは憤怒の形相で追ってきた。何がドラゴンの怒りに火をつけたのかは、むろ
ん知る由もなかった。
 森を七周半して、島原の身体は突然ピタリと止まった。オーバーヒートしたのだ。全
身汗だくでそのまま倒れ込む。その上からドラゴンがぬっと覗き込むと、それまで虚
ろな目で何やらうわごとを呟いていた島原は、はたと意識を取り戻した。
「……は?ぎ、ぎ、ぎぇぇぇぇぇっっっっっ」
慌てふためいて、島原は無意味に腕を振り回した。
「こ、こ、こーなったら……」
島原はふいに真剣な表情になると、
「奥の手だ!イナズ○ンゼー○゛ーフラーッシュ!!!」
と右手をドラゴンへ振り上げた。もちろんイナ○゛マンではない島原では、何も起こる
はずがなかった。
「だ、ダメか……それなら……」
島原は思いつく限りのドラゴ○クエ○トの呪文を詠じてみた。だが現実はこんな呪文
でドラゴンを倒せなどしなかった。所詮RPGはどこまでいってもRPGなのだ。
「ち、ちくしょーっっ、お、俺なんか食っても、う、美味くなんか……な、な、ないぞ〜〜」
混乱の極みに達した島原はもはやゲシュタルト崩壊寸前だった。
「あの〜」
そこへ、実に間の抜けた声が降ってきた。
「ぞ、ぞ、ぞ〜……ん?」
その呼びかけに、かろうじて島原も精神を繋ぎ止めた。改めて現状を認識してみる。
「あの〜っ」
「な、何だぁ?」
結果、島原はあんぐりと口を開けてそのまま固まってしまった。声の主は他ならぬド
ラゴンだったのだ。
「大丈夫ですかぁ?何だか尋常ならざる走り方をしていたみたいですけど〜」
ドラゴンがさも心配そうに島原に訊いた。
「な、何でドラゴンが喋るんだぁぁぁーっっっ」
しかも全然迫力のないのんびりした調子で。島原は頭を抱えてしまった。
「はぁ……何でと言われましても、私は昔から喋りますけど」
「大体なんなんだよ、この状況は?何で俺がドラゴンに心配されてるんだぁ〜?」
「ですから、私は客寄せのアトラクション専門の竜でして、元々怖くなんかないんです
けども……」
「ぬぁわにぃ〜!」
「むしろ臆病な性格でして。お客さんがあんまりびっくりして逃げ出したものですから、
こっちも慌てて追いかけてしまったんです」
「なんだって?じゃあ、あいつらは……」
森の民と称する全身木だらけ男達を思い出し、あれはアトラクション用の演技だった
のだと遅まきながら理解した。すると部下Bはそれを知っていて自分をハメたのだと
気付く。
「おのれ〜、あいつっっ!!!」
絶対にシメてやる、と島原は堅く決意した。
「ここではお客さん達に勇者の気分を味わってもらっているんです。でもね〜……」
急にそこでドラゴンは大きなため息をついた。
「実は最近疲れてるんですよ。ホントは気弱なのにこんな役やらされて、辛いんです。
解ります?この辛さ。わっかんないだろーな〜」
何やらいきなり愚痴っぽくなってしまった。
「もーいい加減トシだし、そろそろ引退しようかなーと思っているんです。けど、この森
の人達やめさせてくれないんですよ。ひどい話でしょ?ストレス溜まるんですよ、これ
が」
「ふーん、ドラゴンも苦労してんのね」
島原も思わずしみじみとしてしまった。
 その晩はドラゴンと二人(?)、月見酒を決め込み互いに愚痴を言い合う島原であっ
た。

                                                (了)



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