家に入ると、一四・五歳と見える可愛らしい少女が飛び出してきた。
「あれぇ、誰?」
「こら、お客様にちゃんと挨拶しなさい」
「あ、はーい。いらっしゃいませ」
アロハシャツ中年男にたしなめられ、少女は島原にお辞儀した。その姿に島原は一瞬見
とれた。流れるようなブロンドの髪と青い瞳が特徴的な、いかにも活発そうな少女だった。
「……あ、どーも。おじゃましま〜す」
美女に弱い島原はすぐに鼻の下を伸ばした。その後ろであゆさんが一瞬まぁ!という顔
をしたが、むろん本人は知るはずもなかった。
 少女が元気よく家の奥へ走ってゆくその後ろ姿、特に丸く愛らしいお尻を眺めながら、
あゆさんの日本的な長い黒髪とおっとりした性格もいいけど、金髪と快活そうな仕草も
悪くないよなぁ、と島原は一人デレッとにやけた。早い話根がスケベなだけだった。
 客間らしい部屋へ案内され、三人はとりあえず落ち着いた。ここも板間の中央に畳が
敷いてあるというアンバランスな作りだった。どっかりとあぐらをかきながら、アロハシャ
ツ中年男が村の説明を始めた。
「我が河の民は御覧の通り河底を見上げながら生活しています。あの透明な天井は自
然の作用で鉱石が変化したものでして、いわば天然のガラスです。そして河は我らの食
生活の供給源でもあり、私どもは魚を主食として暮らしております。どうですかな?今夜
は我々の魚料理でも一つ」
「それは是非」
魚料理と聞いて、島原はホッとしつつ頷いた。魚なら砂漠の民の時のように食えない代
物は出ないだろう。
「面白いことにこの河では次々と新種の魚が見つかるのです。今日も何やら新しいのが
捕れたと聞いていますので、試してみるとしましょう」
「は、はぁ……」
が、その言葉に島原は内心ギクリとした。上流で何か危ない薬品を流していて、魚が突
然変異を起こしているのではと一瞬思えた。できれば刺身は勘弁してほしいと願う。
 そこへ先ほどの少女が茶を運んできた。島原の前に来ると、じっとその顔を覗き込ん
で尋ねる。
「ね、救世主ってホント?」
「ん?まぁ、一応ね」
間近に迫った青い瞳に魅入られながら、島原は肯定した。
「へぇ、凄い〜。救世主なんて見たの初めて!」
少女は素直に感心した。そりゃ救世主がゴロゴロいたら大変だよなと島原は思ったが、
それはあえて口にしなかった。
「どうぞ、ゆっくりしていって下さいね〜」
にこっと笑って、少女は部屋を出ていった。またそのお尻を目で追いながら、島原が感
想を漏らした。
「可愛らしいお嬢さんで」
「ウチの一人娘です」
「そーは見えませんね」
「はっはっはっ。そーでしょそーでしょ」
なんて会話だ、と横で部下Bが呆れ顔をした。
「に、してもあんた達って何か生活に不満があるの?」
改まって、島原はアロハシャツ中年男にそう問いかけた。
「いえ、別に」
「じゃあこの世界の人々は俺に何を期待してるんだ?」
それはかねてからの疑問だった。一見平和に見えるこの世界を、人々はどのようにし
て欲しいというのだろうか。以前部下Bはこの世界がひどく不安定だと言ったが、今の
ところそんな現象は目にしていない。本当の所、この世界を救う必然性なんてないの
ではないかと島原は思い始めていた。
「それは救世主なんですから、何かしてくれるのではないかと思っていますが」
「それだけ?」
「ええ」
「……あまり期待されていないのね」
アロハシャツ中年男の答えに、島原は拍子抜けした気分になった。所詮は谷の村の
言い伝えだけを根拠に救世主に指名されたのだから、他の人々の認識なんてこんな
ものなのかもしれない。
「いいえ、あなたは世界を救う重大な使命があるのです」
だが部下Bはいやに真面目くさって否定した。
「って言ったってどう救うってのさ?そもそも俺が救世主ってこと自体、何かの間違い
かもしれないし……」
「そんなことありません!」
島原の反論に、あゆさんがどこか悲しそうに声を上げた。
「あゆさん?」
「そんなことありません……あたし、信じています……だって……」
その時、家の奥から大きな物音と悲鳴が響いた。全員が一斉に腰を浮かせる。
「どうした?」
四人が駆け込むと、台所であの少女が倒れていた。その顔色は青ざめ、ぐったりし
ていた。
「こ、この娘ったら、新種の魚の味見をして……」
少女の母親らしき婦人がおろおろとうろたえ気味に言った。
「毒にあったのか?」とアロハシャツ中年男。
「救世主に食べてもらうんだって、はりきって……」
その婦人の言葉に島原はハッとした。心の中で何かが動くのを感じる。
「何か救う手だてはないのか?」
「それは……」
島原の問いに、アロハシャツ中年男が重々しく呻いた。
「この河の上流にあるという毒消しの薬草を飲ませれば、或いは……」
「薬草……」
「ですがそこはとても遠く、危険な道のりです。この様子では夕方までに薬草を飲
ませなければ、恐らく助からないでしょう……普通の人の足ではとても間に合い
ますまい」
「そんな……」
気を失っている少女の苦悶の表情が島原の目に痛かった。
「……よし!」
しばしの沈黙の後、島原は決然と口を開いた。
「私が薬草を採ってきます!!」
「それは俺のセリフだっ」
ちゃっかり隣にいた部下Bが一番美味しい台詞を取ってしまった。
「俺が行ってくる。救世主の努めだからな」
「おおっ、救世主として初めての自覚だ」
部下Bの茶々に、島原がその頭をこづいた。
 しかし、シリーズ始まって以来のシリアスな展開にどうする島原?一番困ってい
るのは他ならぬ作者だ!

                                            (つづく)



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