翌朝。朝日に照らされた砂漠は変化のない景色を島原の前に晒していた。
「……わったしは島原。7時13分起床。寝ぼけたままあゆさんの朝食をいただくことで私
の一日は始まる。その日、世界は相も変わらず平和な日常に満たされており、劇的なド
ラマなどあろうはずもなく、ちゃぶ台の隅に山積みにされていった日常。退屈な日々の象
徴。私は食べ終えたご飯の数だけ退屈を背負い、年老いてゆく。そして私はある日突然
気付くのだ。見渡す限りの砂、砂、砂。悩む必要などない。真夏の眩しい陽射しの中に全
ては語られているではないか。曰く、退屈なりと。……あゆさん、人間ってどこから来てど
こへ行くんでしょうねぇ」
「はぁ……」
いつになく長い島原のボケっぷりに、朝食を並べていたあゆさんは曖昧に頷くしかなかっ
た。
「ま、それはともかくやっぱりあゆさんの作るみそ汁は最高だ」
おつゆ茶碗を手にして、島原はその香りを楽しみながらしみじみと言った。今朝の献立は
ご飯にみそ汁、鮭の切り身に生卵とひじきの煮物、と典型的な日本の朝食だった。それ
を砂漠のど真ん中で食する違和感は既になかった。島原は満足げにそれを咀嚼しながら、
あゆさんに語りかけた。
「まさにおふくろの味ってやつかな」
「あら、そんな……」
エプロン姿のあゆさんは照れてうっすら顔を赤くした。気分はもう新婚さんである。
「あの〜、誰か忘れていませんか」
昨夜から樹に吊されたままの部下Bが恨めしそうに呟いた。
「なんだ、お前いたの?」
「う゛う゛〜っ……」
島原はまだ怒りが収まっていないようだった。冷たくあしらうと食事に戻ってしまう。
「あら、袖がほころんでいますよ」
その島原の右腕を見て、あゆさんが言った。
「繕いますので、食べ終わったら上着を貸して下さいな」
「ん?あ、はい」
島原は朝食を終えると素直に上着を脱いだ。荷物から裁縫道具を取り出したあゆさんが、
慣れた手つきでほころびを縫ってゆく。その様子を島原は食後の満腹感と共に眺めた。
「『唐衣(からころも) 着つつなれにし つましあれば』、か……」 
ふと伊勢物語の一句が口をついて出た。
「……『はるばる来ぬる旅をしぞおもう』。確かに結構長く旅してるよなぁ、俺も……」
振り返れば、いつの間にかこの旅もかなりの日数が経っていた。袖もほころぶ訳である。
「私は別の意味で涙が出てきてご飯がふやけそうです〜」
部下Bが空腹でお腹を鳴らしながら訴えた。
「情緒のカケラもない奴だな。却下、お前は飯抜きだ!」
「そ、そんな〜」

「さ、今度はどこ行きゃいーんだ?」
ようやく樹から降ろしてもらった部下Bは、朝食も食べさせて貰えないまま出発を余儀なく
された。
「ううっ、せめて忙しい朝にカロリーメ○トだけでも……」
「残念だったな、この番組の提供は大○製薬じゃないんだ。ほら、キリキリ歩く!」
島原は容赦なかった。
「はい……そーですね。それなら鉄の民の村へでも」
すっかり落ち込んだ部下Bが弱々しく言った。
「鉄の民?鉄食って生きている連中か?」
「いえ、我々とは異なる文明を持つ者達です」
「異なった文明?」
「はい。全身を機械でよろい、鉄の建物で暮らしている人々です」
「ふぅん……」
部下Bの説明は島原の興味を引いた。これまでも超科学とでも呼ぶべきものを幾つか目
にしたが、あからさまな先進技術に触れたことはまだなかった。そのようなものがあると
いうのなら、この世界の真実に近付くカギになるかもしれない、島原はそう考えた。
「よし。行ってみるか」
島原の決断で一行は鉄の民の村へと向かった。
「……に、してもあゆさんはいつでも俺の味方だよね。うれしいよ、ホント」
島原は昨夜彼女が言った『あたし、信じています』の言葉を思い出し、笑みを浮かべた。
「そんな……だってあたし、救世主だって信じていますから」
「それってさ、好意的に解釈してもいいのかな」
「好意的って、どういう意味ですか?」
「う〜ん」
あゆさんに遠回しな言葉は通用しなかった。と言うより、彼女の場合恋愛感情とは無縁
の境地にいるのかもしれない。むしろ超越していると言うべきか。島原はそんなことを思
った。
「……私の方がカッコいいのに」
やや後ろを歩きながら、部下Bが未練がましくぼそりと呟いた。
「てめーっ、活字で色男も何もあるか!主人公の勝利だ、これは」
「あ、主役と思ってたんですか」
「ったり前だろ!」
泥沼的会話になるので以下略。ともかく三人は雲一つない空の下を歩いた。
 昨日の夜から島原には引っかかり続けていることがあった。記憶のどこかに欠けてい
る部分があるように思えてならないのだ。
「な〜んかおかしいっちゃ?うち、どっかに忘れ物しているような気がするんだっちゃ」
そうボケてみたが、記憶は戻らなかった。
「何一人で気味悪い声を出しているんですか」
すかさず部下Bが突っ込んでくる。島原は無視して考え続けたが、どうしても思い出すこ
とができなかった。
 夢の記憶を取り戻せないまま、島原達はやがて鉄の民の村へ辿り着いた。そこはま
さに驚愕すべき光景だった。ブレードラ○ナーも真っ青という高層建築物が群れをなし
て林立し、見渡す限りの平野を埋め尽くしていた。とりわけ目立つのが、その中央に配
された天にも届かんばかりの高い塔だった。
「こ、これが鉄の民の村……」
島原はただ感嘆するだけである。村というよりは街と呼ぶほうがふさわしかった。その
黒々とそびえ立つビル群に、島原は今までとは違う何かを感じ取った。
「う〜む、サイバーSFの予感……」
が、意味不明の言動はいつも通りだった。
 物語は謎を孕みつつ一気にクライマックスへ……向かうといいんだけどね。

                                                 (了)



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