「早くこの街を出たほうがいいかもしれない」
「え?でももうすぐ夕食だそうですよ」
苦々しげに呟いた島原は、部下Bのその一言で表情を一変させた。
「何、メシ?……まぁ食事を御馳走になってから出ていっても悪くはないよな、うん」
そして手元にあったコーヒーを口にしてハードボイルドを気取った。
「ふっ。島原が飲む異界のコーヒーは苦い……」
「あら、砂糖でしたらここにありますよ」
もちろんあゆさんがそれを理解できるはずもなかった。

 ガラスを透かして太陽がビル群の向こうに没しようとしていた。このような景色は島原
にとっても久しぶりだった。あゆさんは初めて見るのか、すぐ隣でうっとりと瞳を輝かせ
ながらその夕景に魅入っていた。
「綺麗……」
君のほうがもっと綺麗さ、と思いっきり歯の浮きまくったセリフを言いかけて島原は思い
とどまった。その代わりに背後からそっと肩に手を回そうとする。だが背中に突き刺さる
部下Bの視線に気付いて、はたと手を止めた。
「………」
男が二人、無言の睨み合いを続けた。「何やってんですか!」「てめーの方こそ人が寝
ている間にあゆさんに手を出そうとしたくせに!」と目線だけでニュータ○プのような心
の会話を交わしていると、そこへさきほどの女性が夕食を運んできた。
「こ、これは!」
島原はそのメニューに目を瞠った。テーブルに盛られたのは、和洋中、満干全席もび
っくりな豪華ディナーフルコースだった。そのあまりの凄さに、島原がさいぜんまで抱え
ていた不満は一気に消し飛んだ。
「ホントにこんなの食っていいの?」
「もちろんですよ。救世主をおもてなしするのですから、これ位当然のことです」
いつの間にかあの機械男が部屋に戻っていた。
「どうぞたっぷりと召し上がって下さい」
「そ、そう?じゃあいただきまーす!」
島原はごくりと唾を呑み込みながら席に着くと、さっそく分厚いステーキにかぶりついた。
が……
「???あれ?」
確かにステーキを口にしたはずなのに、何かが違っていた。
「何か変だ?」
試しにフカヒレのスープを飲んでみる。やはり同じだった。
「やっぱり……味がしないよ、これ」
「当然です。これらは全て化学薬品で作られた合成食品ですから」
機械男は当然の如く言って、平然とその料理を食べていた。
「な゛……」
島原はにわかに食欲をなくしてしまった。
「ち、違う。俺が食べたかったのはこんな料理じゃない〜」
「何が違うと言うのです?栄養やカロリーは本物と何等変わりませんよ。食事など生命
活動に必要なものを摂取できればそれで良いではないですか」
「そーいう問題じゃないよーな……」
この街の人々はどこまでも合理主義らしい。だがそれは島原の感性とは相反するもの
だった。
 また反感が湧いてきて、島原はまがい物の料理から目をそむけた。窓の外へ視線を
流すと、夜のネオンの中でひときわ輝く光の塔が見えた。この街に入る前にもとりわけ
目立っていた塔である。
「あの塔は?」
「あれは鉄の塔と言いまして、我らの民のシンボルです。興味がおありでしたら後でご
案内いたしましょう」
「ふ〜ん、鉄の塔ねぇ」
妙にハデハデしくライトアップされていて、なんだか東京タワーのようだと島原は思った。
ただ違うのは、外壁が鉄骨ではなくきっちりとした壁になっており、内部がどうなってい
るのか解らない点だった。
 食事が終わると、島原は散歩がてら鉄の塔へ行ってみた。真下から見上げると塔は
まるで天まで伸びているかのような威圧感があった。
「バベルの塔だな、こりゃ。三つのしもべはいないの?」
「残念ながら。砂の嵐に隠されていないですから」
島原のボケに機械男はそう答えると、
「ですが、ある意味バベルの塔と言えるかもしれません。そう、天の怒りに触れる……」
と続けたが、その場にいた全員がその真意を計りかねた。
「あんた、もしかして本名は帆場○一って言わない?」
島原のその問いに、機械男は口許を緩めただけだった。
 塔の入り口はどこか物々しい雰囲気があり、銃を肩からかけた警備員が二人、扉の
前で身じろぎもせずに立っていた。
「この塔は神聖なものでして、選ばれた者しか入ることを許されていません。申し訳な
いですがここからは救世主一人で入ってもらいます」
機械男は音声認識と暗唱コードによる扉の電子ロックを解除しながらそう説明した。
「あ、そう。じゃ、ちょっと待っててね」
島原は簡単に納得すると、あゆさんと部下Bに振り向いた。
「お早いお帰りを……」
何か予感するものがあったのか、あゆさんはどこか不安そうな顔でそう言った。
「うん」
島原は気にすることもなく、あゆさんに軽く手を振って塔の中へと足を踏み入れた。
「!」
だが次の瞬間、まばゆい光に包まれて島原は気を失ってしまった。
 再び意識を取り戻した時、島原は自分が薄暗い部屋に寝転がっていると解った。立
ち上がってあたりを見回すと、一面見知らぬ機械が取り囲んでいた。まるで定規とコン
パスを使って描いたような計器類が、びっしりと四方八方でぼんやり光っている。何か
の大がかりな装置のようにも見えた。
「俺、こーいうの見たことあるわ。第三艦橋がよく壊れる奴……」
「気がつかれましたな」
背後から突然声が届き、島原はぎょっとした。振り向くと、暗闇の中から機械男がぬっ
と現れた。
「驚かせないでくれよ……何なんだ、ここは?」
「………」
機械男は答えず無言で島原に歩み寄った。そして両手を顔に持ってゆくと、ゆっくりと
頭部を覆っている機械をはずした。
「……!」
「お解りですかな。これがこの世界のあるべき姿なのですよ」
にやりと笑ったその顔は、紛れもなく島原がこの世界で最初に出会ったあの中年チョ
ビ髭男だった。
 次回、どとーの最終回!

                                                (了)



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