「生きちゃいないよ、多分。あの人はバカだったけれど、一応救世主として死んだんだ」
部下Bは慰めているつもりなのかどうか良く解らない言い方をした。
「いいえ、あたし信じています。あの人はきっと生きています!」
あゆさんは泣きじゃくりながらも、島原の死を認めきれずにいた。
「そんなこと言ったってなぁ。塔がまるまる消えてしまったんだ。それにあれから時間も
だいぶ経っている。絶望的だよ、こりゃ」
部下Bはもうすっかり諦めていた。こうなっては谷の村へ帰るしかないだろう。そして今
度こそ彼女を口説き落とそう、と。
 いつしかあたりがうっすらと明るくなっていた。夜明けが近いようだった。
「それでも、あたしは……」
あゆさんは涙で顔をくしゃくしゃにしながら部下Bの言葉を拒絶した。自分でも何故こん
なに悲しいのか不思議だった。彼を救世主と信じ付き従う、それは幼い頃から聞かされ
ていた伝説に憧れてのことだった。それだけのことのはずなのに、どうして彼の安否が
気になるのか、そしてこうも涙が出るのか……。
 すると、街の方から人影が近付いてきた。夜明け間際の暗がりの中では、それが誰
なのかまでは判別がつかなかった。
「!」
だがあゆさんには直観で解った。力無く砂漠に崩れ落ちていた身体を奮い立たせると、
あゆさんはおぼつかなくも人影に向かって走り出していた。一歩、また一歩と砂を刻む
足が次第に確かなものになってゆく。
「お、おい……」
部下Bも慌てて後を追った。
「……さん……さん!」
頬を伝う涙を拭いながら、あゆさんはようやく自分の気持ちに気付いた。あたし、あの
人のことが……今ならそれがはっきりと解る。そして、言葉にする勇気も。
 人影は夜明けと共にその輪郭を鮮明にしていった。逆光の中、今一番会いたい人
の姿がはっきりと見えてきた。
「島原さん!」
あゆさんは一気にその人の胸へと飛び込んだ。
「……初めて名前を呼んでくれたね」
抱き留めた人を見上げると、そこには島原の優しい笑顔があった。あゆさんは嬉しさ
でまた涙を溢れさせながら、負けないくらい精一杯満面の笑みを湛えた。
「良かった、無事で……好きです。大好きです……」
「ああ」
島原がそっと頷くと、あゆさんはそのまま彼の胸に顔を埋めていた。
「い、生きていたんですか〜?」
ようやく追いついた部下Bが、失恋を知って脱力しながら呆れ顔をした。
「あったり前だ。なんたって俺は救世主なんだからな!」
あゆさんの頭とお尻を撫でながら、島原は自信に満ちて断言した。
「さぁ、帰ろうか」
「はい!」
あゆさんが力強く応える。島原はその肩を抱くと、ゆっくりと歩き出した。
「帰るって、どこへです?」
「決まっているだろ。谷の村へだよ」
部下Bの問いに、島原はこともなげに言った。しなければならないことは山程あるは
ずだった。何より、この世界を安定させる方法を見つけるまではまだ島原の旅は終
わらないのだ。心の中で島原は、「ごめん、あゆさん。帰るのはもう少し先になりそう
だ」と向こうの世界の彼女に詫びていた。
 朝日が全てを包み込むように輝きだした。そのまばゆいハレーションの中へ、島原
達の姿は溶け込んでいった。
 真なる救世主の物語は、これからである。

                                                 完

                                       (1993 11 30著)
                                  (2000 12 14 加筆修正)



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