そこに大地はなかった。
「ひっ、ひぇぇぇぇっっっっ!」
で、島原は一気に落下した。今度こそ死を覚悟する。
「だ、だめだ……こんなことなら押入に隠していたエロ本とビデオを処分しとくんだった。
結構マニアックなものばかりだから見つかった日には絶対俺の人格が疑われてしまう
……あ、そーいや机の引き出しにも友達から借りた無修正のやつが〜!」
だが、訳の解らない後悔をしているうちに島原は既に着地していた。高さはそれなりに
あったのだろうが、下が砂であったことが幸いしたようだった。したたかに腰を打ち付け
た程度で済んだ。
「それと衣装タンスの一番下の引き出しにも18禁な写真集が……あとは……え〜と、
まだあったかな……う〜ん……と、あれ?」
一人で勝手に秘密を暴露していた島原も、ようやく事実に気付いた。
「何ともない……ああっ、生きてるってなんて素晴らしいんだ!」
わざとらしくそう言って、島原は空を仰いだ。
「ごめんなさぁい〜!」
そこへ、頭上から声が降ってきた。視点を合わせると、さきほどの少女がゆっくりと宙
を降下していた。それは落下というより、飛んでいるという表現がふさわしかった。
「?」
だが島原の意識は別の部分にあった。舞い降りてくる少女のスカートの中が見えるの
ではないかと、宵闇に必死に目を凝らしていたのだ。しかし、残念ながらこの暗がりの
中では彼が期待した光景はそこになかった。何より、少女はキュロットスカートだった。
 少女は翼を持つもののように、ふわりと軟着陸……し損ねて島原めがけ見事に激突
した。
「ぐぇっ!」
少女の下半身にばかり視線を集中させていた島原はよけきれず、カエルが潰れたよ
うな声を上げて倒れ込んだ。少女のお尻が島原のお腹に乗りかかるような体勢にな
った。まるで騎乗○だと、島原は痛みを覚えつつも一瞬喜んだ。
「す、すみません。あたし運動神経がニブイので……それにあなた方が飛べないって
こと、忘れていました」
「ん……どーゆーこと?」
ようやく島原も少女が重力に逆らって降りてきたことに疑問が及んだ。
「えーと、あたし達の村の人々は飛べるんです」
「はぁ……どーゆー原理で?」
「さぁ……」
問われた少女も解らないらしい。
「他にも頭にツノがあるとか、電撃が出せるとか?」
「何ですか、それ?」
「いや、何でもない……」
「で、あたしコントロールが上手くなくて」
「はぁ、そーですか」
「言っているコト、解ります?」
「はぁ……全然」
なんかもうどうにでもなれ、といった気分だった。
「ところで、そろそろどいてもらえます?」
いつまでもこの体勢というのはマズいだろうと思い、島原は嫌々ながら提案した。
「え?あっ!す、すみませんっ」
少女は顔を赤らめて島原のお腹から降りた。一瞬彼女の柔らかなお尻の感触が消
えるのが惜しい気がしたが、平静を装って島原は立ち上がった。
「で、俺をどうしようと?」
「え?え?えーと、えーと……」
少女は何故か考え込んでしまった。どうにもこの少女の反応には調子を狂わされて
しまう。まるで彼女のようだ、と島原は自分の恋人のことを思いだした。そう言えば
似ているかもしれないと感じる。眼前の少女も、さっき牢獄の明かりで見た印象で
は和服が似合いそうな日本人的美少女に見えた。
「とにかくここから逃げましょう」
ようやく結論が出たのか、少女はそう提案した。
「そーですか」
島原は何か釈然としないものを感じたが、まぁいいか、とそれに従った。
「では飛びますので掴まって下さい」
そう言うので、島原は少女に背後から思いきり抱きつこうとした。が、非難するでも
なく彼を見つめる少女の純真そうな視線に耐えきれず、島原はその邪な考えを後
ろめたく感じ、思いとどまった。
「おっと、違った」
「?」
改めて島原は遠慮がちに少女の手を握った。
「では……」
少女はこともなげに空へ舞い上がった。感覚としては、周囲に重力を持たないかの
ようだった。
「あ、そういえば……」
今更のように、島原は大事なことに気がついた。
「何でしょうか?」
「君の名前は?」
「名前、ですか?」
島原の問いに、少女は一寸考えて、
「では少女Aと呼んで下さい」
と言った。
「はぁ?」
何なんだ、と島原は思う。
 見下ろすと、星明かりの下行けども行けども砂漠が続いていた。
「で、どこへ行くの?」
「私達の仲間のところです。あなたにはえーと、その……そうそう、『ひろいっく・ふぁ
んたじー』の主人公になってもらいたいのです」
「ひろいっく・ふぁんたじ〜?」
自称少女Aの口調は、イントネーションの違いで『ヒロイックファンタジー』とは聞こえ
なかった。まるで文明開化したばかりの日本人が英語を発音しているような雰囲気
だった。
 何だろう?全てがどこかおかしい……島原の中で疑問が確信に転じつつあった。
だが、それはまだ漠然としたものでしかなかった。

                                               (了)



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