ともかく三人は味方の所へと辿り着いた。そこは、砂漠の中に突如現れた巨大な谷で
あった。深さはどれ程あるのか見当もつかない。島原はまたも自称少女Aに掴まりなが
ら、浮遊してその谷の深部へと降りていった。彼女の説明によると、この深さと切り立っ
た壁のおかげで彼等の村は外敵から守られているらしい。やがて陽の光も届かないと
思える遙か谷の底に、幾本もの松明の明かりが見えてきた。
「あれが君達の仲間?」
「はい。村の人達です」
島原の手を優しく握る少女が答えた。一瞬、少女の長い髪が彼の頬をくすぐった。あ、
いい香り、と島原はその髪の匂いに束の間のやすらぎを覚えた。
 三人が降り立った場所には、村の人々と思われる男達が五人ほど立っていた。その
中の一人、白髪の老人が島原に近付いた。豪奢な衣装とさも威厳がありそうな雰囲気
からして、この村の長老といったところだろうか。
「ようこそ、我らの谷へ。あなたこそ我々が待ち望んでいた救世主です」
出迎えるなり、老人がそう言った。その第一声に島原はすぐ呆れ顔になった。
「まーた、そーいう展開は嫌いなの。SFやファンタジー小説の主人公ならともかく、一介
の大学生が救世主なワケないでしょーが」
「ですがこれは事実なのです」
「どーゆー事実なのさ?」
「こういう事実です」
答えになっていなかった。
「だからどーゆー……」
「こういうのでもあり、ああいうのでもあり、そういうのでもあったりします。つまり事実と
は確固たる事実であるからして……」
なんかどこかで聞いたような言い回しだった。
「よーするに、指示代名詞で済むような事実なんですね」
島原はこれ以上議論するのを諦めてそう言った。
「つまるところ、異世界よりこの世界に現れた一万人目の者が、この世界を救うという
言い伝えが我らの村にはあるのです」
「なんとまぁ、無責任な言い伝えなんだ……」
島原は心底呆れ返った。この世界は全くどうかしている。端から端まで何もかもがいい
加減だ。
「で、俺に何をさせようっての?」
もうまともに話を聞く気にもなれず、半ば投げやりに島原は尋ねた。
「ですから、この世界を救ってほしいのです」
「どーやって?」
「それは、あなた自身が見つけるのです」
「はぁ?何かヒントとかないの?」
「ありません」
老人はきっぱりと言い切った。おいおい、と島原は次第に怒りすら覚えてきた。いかが
わしいという点では、この谷の人々もあの城の連中も変わらないのではないかと感じ
る。なんか詐欺紛いの悪徳商法に引っかかっている気分だ、と島原は思った。
「昨今のロールプレイングゲームだってもう少し親切なのに、何の情報もなしに世界を
救えって言ったってできる訳ないでしょーがっ!」
「救世主は自ら使命を悟るもの」
「またそーゆー勝手なことを!第一救世主になるにあたって、俺に何か能力が身に付
くのかい?魔法が使えるとか、あんた達みたいに飛べるとか」
「いいえ、何も」
「なにぃ〜……つまりこの平凡な五体のみで世界を救えと?」
「はい」
「無茶だぁぁぁーっ!」
とうとう島原は頭をかかえてしまった。眼前の老人が与えた命題はあまりにも無理難
題だった。
「キリストや仏陀じゃあるまいに。俺はただの大学生でしかないんだよぉ〜っ」
「あの……ダイガクセイって何ですか?」
それを聞いていた自称少女Aが唐突にそう尋ねてきた。意表をつかれた質問に、島
原は一瞬あっけにとられた。
「へ?……だから大学生ってのは……あれ?」
そこで島原ははたと気付いた。全く文化の違う人々に大学生というものを説明するに
足る定義があるのだろうかと。特に、学生の本分を意図的に放棄し遊び呆けている
島原を正確に形容しようとすれば、実のところ大学生も遊び人の金さんも変わりない
のではないか。そう考えると、今度は島原の方が「大学生って何だ?」と問いたくなっ
た。
「他の人々とは違うものなのでしょうか?」
と自称少女A。
「まぁ、一応ね……」
間違ってはいないだろうと島原は頷いた。
「じゃあきっと素晴らしい力をお持ちなんですよ」
「そ、そう?」
「そうですよ!」
自称少女Aは瞳の中にきらきらと星を目一杯輝かせて島原を見つめた。何やら崇拝
に似た恍惚感を抱いているようだった。その様子に、島原もまんざらでもない気分に
なってきた。
「やはりあなたは救世主になるお方なんですわ!」
「え?あのー……いやー、そ、そーかな」
「はい。あたし、信じてます!」
「そー……だよね、やっぱり。何となく俺もそう思ってたんだ。うん、うん!」
実に単純である。少女の賛美によって、島原は不純な動機と共に救世主たらんと志
したのであった。
「で、とりあえずどーすりゃいーのかな、俺は?」
「まず世界を知ることですな。旅に出なさるといい。旅の中で使命を悟るでありましょ
う」
ここぞとばかりに、老人がもっともらしく言った。
「なる程、そっか。よーし、ひとつぼうけんに出てみよーか!」
島原はそう宣言し、その場にいた者達がぱちぱちと拍手を送った。
 一番いい加減なのは、他ならぬ島原だったのかもしれない。

                                              (了)



 もどる