「けど救世主が何をしてくれるってんだ?」
「この世界を救うのです」
「救うったって、みんな今の生活に何か不満でもあるの?すごく平和そうだけど」
その島原の疑問に、部下Bが説明をした。
「表面的にはそうかもしれません。ですが、この世界はひどく不安定なのです」
「不安定って?」
「あなたのように他の世界の人が突然現れるのもそうですし、それに何でも部分的
に空間が消失したり転移したりするらしいのです」
「そんな現象を俺が何とかできるって、みんな信じてるの?」
「それはもう、救世主ですから!」
そう言ったのはあゆさんである。彼女は島原を救世主と盲信しているようだった。が、
島原は自分にそんな力があるとは到底思えなかった。何より、この事態を深刻に捕
らえてなどはいない。さっさと自分の家に帰る方法を見つけて、このふざけた場所か
らおさらばできればそれで良し、たとえ当分戻れないとしても、本当に世界を救えた
なら新興宗教でも開いて教祖として遊んで暮らすのも悪くない、などと終始お気楽な
ことを考えていた。
 ま、なるようになるさ、と島原は半ば開き直りつつあった。
「人〜生楽ありゃ〜楽だ〜ろさ〜」
「何ですの、それ?」
島原の怪しげな歌に、あゆさんが不思議そうな顔をした。
「知らないの?旅をする時にはこれを歌うって決まっているんだ」
「そうなんですか」
何も知らないあゆさんはあっさりと納得した。
「いや、多分……」
ツッコミのないボケは寂しい、と島原は思った。
「人生楽あれば……ああ、人生いたるところにアオシマのプラモデル、ってやつです
ね」
「それは絶対に違う!」
部下Bのボケっぷりは真性なのでさらに困りものだった。
「それはそうと……」
そんな島原の内心とは無関係に、部下Bが言葉を続けた。
「何だ?」
「どこへ向かっているのですか?」
指摘されて、島原の足がぴたりと止まった。言われてみれば、彼等は無目的にこの
砂漠を歩いていた。
「どこへ……って、俺が知る訳ないだろ。第一道案内はお前だ。どこへ行くか考えろ
よ」
「なる程。では……」
しばし黙考。で、部下Bの結論。
「今日はここで野宿ということで」
「まだ出発したばかりだろーがっっ」
この男はアテにならんな、と島原は早くも見切りをつけた。なんでこんな奴にガイド
されにゃならんのだ、と老人に憎悪を覚える。
 だが、あゆさんは荷物を降ろすと早々に準備を始めてしまった。
「ち、ちょっと……」
「ここで野宿じゃないんですの?」
「ないんですの?って、まだお昼じゃないですかいな」
「でも夕食の仕込みを今からしないと……」
これじゃ誰かさんとまるで同じだ、と島原は思い当たり、彼女につけた愛称はまん
ざらでもないらしい、と一人納得した。
 ん?だ・が・ちょっと待てよ……野宿ということは彼女と一緒に寝るということでは
ないか!こ、これはもしや……島原は勝手に妄想を膨らせてニヤついた。
「そうだ、そーだよ。夜這いなくして何の道連れぞ!旅は道連れ夜は夜這いと昔か
ら言うではないか。ふ、ふふふふふ……」
「何一人でぶつぶつ言ってるんですか?」
だがその夢想も部下Bの声で瞬時にして泡と消えた。そうだ、こいつがいたんだ、
と今更のようにその事実に気付く。
「確か夜ば……」
「わーっ、何でもない。何でもないんだ」
慌てて島原は部下Bの口を塞いだ。
「何を騒いでいるんですか?」
そこへあゆさんまで近寄ってきた。
「何やら夜がどーのこーのと……」
部下Bが曖昧な説明をしたので、島原はそれに便乗し、
「い、いやー、この辺りは夜安全なのかなーと思ってね」
とごまかした。
「だ、第一あの城の連中が追ってくる、という可能性もあるんじゃないか?」
そう口にしてみて、その可能性を失念していた自分に島原は気付いた。
「それなら多分大丈夫です」
「何で解るんだよ」
部下Bがあっさりと否定したので、島原が食ってかかった。
「私達は基本的に他の村まで追っ手を出すということはありません。村の境を越
えてしまえば、それ以上手は出さないというのが決まりなのです」
「ふーん、それなりにルールはあるんだ」
だとすれば昨夜城から逃げた時連中が執拗に追ってこなかったのも頷けるとい
うものだった。村毎の自治性が確立されているのだろう。
「それよりも、夜になったら『敵』が出る可能性がありますね」
が、部下Bが謎めいたことを言った。
「おいおい、敵って何だよ?」
「知りませんか?敵です」
「あのなー……」
島原には皆目見当がつかないことだった。
 不安が残るものの、やがて陽が暮れると三人はあゆさんの手料理を食べて
眠りに就いた。
 けれども、寝静まってしばらくすると島原は突如むくりと起きた。
「ふふふふ……やはり夜這いこそ男のロマンだ」
当初の目的を果たそうというのであった。他の二人に気付かれぬよう、匍匐前
進でずりずりとあゆさんに寄ってゆく。一応彼女は男二人から少し離れた場所
で眠っていた。ちらと振り返ると、部下Bは寝入っていて起きる気配はなかった。
「よしよし、今がチャンスだ!」
島原は一人静かにほくそ笑んだ。あゆさんまであと一歩。寝袋にくるまった可
愛い寝顔がすぐ目の前にあった。
 ごくり、と唾を飲んで島原は寝袋の紐に手をかけた。その時である。カサカサ
と何かがうごめく音がふいに聞こえてきた。
 何だ?と島原は顔を上げて周囲を見回した。人の足音ではない。何か生き
物が砂の上を這っている感じだった。
「敵だ!」
それまで眠っていた部下Bががばっと起き上がって叫んだ。
「敵だぁ?」
島原には予想のつかない事態が起きていた。

                                            (了)



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