この場所から





 星々の瞬きの彼方
 人々の営みは続く……


第1話 Welcome to 『猫々亭』

「悪く思うな」
低く静かなその声と共に指先に力が込められ、引き金が引かれた。続いて消音
銃のどこか間の抜けた音が微かに二度鳴って、彼方の標的がどさりと地に伏し
た。
「……完了」
弾丸は二発共確実に心臓を捕らえていた。この距離なら絶対にはずすことはし
ない。相手が微動だにしないことを確認すると、男は素早く手にしていた銃を懐
に収めた。あとはもう、何事もなかったかのように立ち去ってゆく。
 もうこれで何人目だろう。その成果を数えるのもうんざりするような、殺し屋と
いう仕事。だが、初めて人を殺した時の嫌悪感だけはいつまでも男の脳裡から
消えることはなかった。そしてそれが、彼に毎晩悪夢を見せることも。
 だから決意したのだ。もうこの仕事から抜けると。今回を最後にもう殺し屋は
やめると、男はそう決心していた。
 思い詰めていたものが俄かにかき消えるように、彼の心は今晴れやかになっ
ていた。これからの人生どうするかは全く考えていなかったが、それは成るよう
にしかならないだろうと思っていた。この星ではどう望んでも、上等な生き方など
できるはずもないのだから。
 ゆったりとした足取りで進む彼の眼前には、色褪せた荒野の風景が広がって
いた。大気中の色素の組成成分の影響で、この星では全てのものがセピア色
に見える。だから人々はこの星をこう呼んだ。『セピア・スター』と。
 母星である地球が人の住めない環境になって遙か。人類が他の天体への移
住を開始した年を『真星暦元年』とし、以来人が生存するのに適するか否かで
星々をAからDまでのランクに分けながら、人々は様々な惑星に散っていった。
このD−27惑星は、その中でも最低ランクに位置する星だった。正式な名前す
ら与えられていないこの星……『セピア・スター』で、それでも人々は生活を続け
ていた。
「くっ……」
息苦しさが全身を襲い、男は急いで簡易酸素マスクを口にあてた。この星がD
ランクである理由の一つ、それは酸素濃度が低いことにあった。いわば高山の
上で生活しているようなもので、ちょっと激しい運動をすればたちまち息が上が
ってしまう。だから長距離を移動する際に酸素マスクは不可欠だった。その為
この星では酸素製造業者が暴利を貪り、大きな顔をしていた。
「はぁ……」
新鮮な空気を肺に取り込むと、男は満足げにマスクを口から離した。携帯式な
ので、マスク部分を折り畳めば掌サイズのミニスプレーほどの大きさになる。そ
れをジャケットのポケットにしまうと、男は歩みを再開した。
 砂を踏む乾いた音だけを響かせながら、男は隠してあった車へと辿り着いた。
ドアを開いて乗り込む一瞬、上空にシャトルの上昇雲がちらりと視界に入った。
他の星々へ渡る為の、星間シャトル。だが、それは一般庶民がこの星で一生か
かっても稼げないほどの高価な乗り物だった。300年前、自分たちの先祖が母
星を捨ててこの星へ移住した時から、その子孫等は永遠にこの色褪せた大地
に住まうことを運命づけられていた。半年に一度あるかないかの定期シャトルは、
中央政府から気まぐれに訪れる査察団を運ぶリムジンとなっていた。無政府状
態のこの星にはまるで必要のない連中の為の無意味な運用機関。それがあの
白く天に伸びる雲の正体だった。
 無感動に空から視線をはずすと、男は車のドアを閉めた。低い声で音声入力
対応のナビゲーションシステムに行き先の指示を下す。後は眠っていても車が
目的地へと運んでくれた。
 車が静かに走り出すと、男はシートを倒して見るともなく空を仰いだ。とりあえ
ず一番近い街へ行くつもりだったが、それでもかなりの距離があった。標的が
街を離れ一人になるのを待ち、つかず離れずの尾行を続けて三日。最初は相
手も警戒する様子があったが、さすがに気が緩んだのだろう、一服入れる為に
車から離れたのを狙っての一撃だった。

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