「お待たせしました〜」
その声と共に並べられたのは、大きめの器に盛られたライスとその上にトッピン
グされた牛肉、そして付け合わせのサラダとスープだった。
これがギュードンか……ケインは初めて見る料理に少し身構えた。匂いからす
ると美味しそうではある。スプーンを手にすると、ケインは恐る恐るギュードンを
口へ運んでみた。
「………」
得も言われぬ味だった。甘くもあり塩辛くもあり、それでいてライスと良くマッチし
ていた。程良く煮込んである牛肉と玉葱は柔らかく、するりと喉の奥へと飲み込
まれていった。
「……悪くない」
「そうですか。ありがとうございます〜」
ケインの感想に、ウェイトレスはにこりと微笑んだ。
ふと素朴な疑問が湧いて、彼は盆を手に暖かい笑みを見せるウェイトレスに
訊いてみた。
「この店の店長というのは日本人なのか?」
「いえ、初代店長は西洋人でした。ただ少しだけ日本人の血が混じっていると
言っていましたけど」
「ふぅん。今の店長は?」
「あ、私です」
誇らしげに、眼前の女性は自分を指さした。どうやらコック兼ウェイトレスらしい。
「すると一人でこの店を?」
「はい〜」
不用心な、とケインは呆れた。さも襲ってくれと言わんばかりの店ではないか。
全くの素人でさえ、この店に押し入るのはたやすいだろう、そんな想像が働い
た。それともこの店はそれなりのセキュリティを備え、この女性は相当の護身
術でも会得しているのだろうか。だが店内を見回す限りそんな防犯装置は見
当たらないし、呑気に微笑むこのウェイトレスは俊敏さとはまるで無縁に見え
た。
ま、どのみち自分には関係ないな。そう思いケインは再び料理を口にした。
「それにしても変わった味だ。どんな味付けをしているんだ?」
ぽつりと出た呟きに、立ち去りかけたウェイトレスが振り返った。
「あ、それはソイ・ソースと……」
その時、ドアの鈴が鳴り客が入ってきた。
「あら、ロイさん。いらっしゃい」
入り口から顔を覗かせるロイと呼ばれたその男は、殆ど禿げ上がった頭部の
側面に少しだけ白髪を残した、大柄の老人だった。背筋はしっかりしており、
ゆっくりながらも確かな足取りは労働で鍛えた身体がまだ衰えていないことを
示していた。
「アリアさん、こんにちは。いつもの頼むよ」
「あらあら、昼間からお酒は身体に悪いですよ」
「いいんじゃよ。これだけが人生の楽しみなんだから」
そう笑ってカウンターへ座る老人に、アリアと言うらしいウェイトレスは呆れた
様子でボトルを差し出した。
「まだまだそんな年じゃないじゃありませんか。人生これからですよ〜」
「ははは、そうかのぅ」
殆ど孫と祖父の会話であった。老人は常連客なのだろう。ついさっきまでケ
イン一人だった店内が、俄かに家庭的な雰囲気に包まれた。それに構わず、
彼は無関心を決め込んで無言で食事を進めた。
「……ん?」
気がつくと、いつの間にかケインのテーブルの側に女の子が立っていた。十
歳位だろうか。肩まである癖っ毛の金髪が大きく左右に広がった、澄んだ碧
い瞳が印象的な女の子だった。物珍しそうに、黙ったまま純真なまなざしでケ
インを見上げている。
「あら、ミリちゃん。こんにちわ」
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