「お前は黙って見張っていればいいんだ!」
ふがいない相棒に、長身の男の罵声が飛んだ。
「そもそも、お金盗んでどうしようっていうんです?」
さっきの平手打ちにも負けず、アリアがそう問い返した。いつの間にかあの呑気
そうな口調は消え、そこには年上然とした雰囲気が表れていた。
「何だと?決まってるじゃねぇか。この星からおさらばするのよ。金さえあれば星
間シャトルに乗れるだろうが!」
「でもこんな額では到底乗れないんじゃないですか?いいえ、この先同じように
強盗を続けたとしても、シャトルに乗れるような金額になるかどうか分かったもの
じゃないですよ」
それは正論だった。むしろ同じ犯罪ならシャトルジャックでもした方がよほど成功
の可能性がある。それ程までに、この星の人間が他の星へ行くことは困難であ
った。
「うるせぇっ。そんなのてめぇの知ったことじゃねぇんだ!」
痛い所を指摘されて、男は更に声を荒げた。銃身をアリアの肩に撃ち降ろす。
微かな悲鳴を発して、ウェイトレスは痛みにうずくまった。
「……ひっ……うぅっ……」
その様子についに耐えきれなくなったのか、ミリがぽろぽろと涙を零して泣き始
めてしまった。当然、男の癇癪が女の子に向けられた。
「泣くんじゃねぇ、ガキっ!」
殴りつけようと再び銃身を振り上げる。その瞬間、アリアが今までとは見違える
素早さでそれを遮った。
「やめて下さいっ。子供に手を出すなんて!」
「何だとぉ。なら代わりにてめぇならいいのかよっ!」
狂気の色を浮かべた長身の男がアリアのエプロンを掴んで捻り上げた。持ち上
げられた勢いで、エプロンがびりびりと裂けてゆく。その音が、男の欲望に火を
つけた。歪んだ笑い声がその口から溢れる。
「へっ……へへっ……よく見るとお前いい身体つきしてるな。金がねえってんな
らその身体で払ってもらおうか?」
「!」
その言葉に、さすがのアリアも息を飲んだ。
「な、何てことを……」
床に転がったままの老人が呻いた。
「おうっ、俺が味わった後はお前にも回すからな!」
長身の男が入り口の見張りに声をかけた。今まで不安げな顔をしていた小柄
の男は、その一言で欲望丸出しの野卑なうすら笑いを見せた。
「どうせその身体だ。今まで何人も男をくわえ込んでいるんだろ。一人や二人
増えたところでどうってことないよなぁ」
いやらしい視線でアリアを嘗め回して、男は下卑た笑みを浮かべた。
「おらよ、さっさと脱げよ!それともそのまま犯ってしまうかぁっ」
アリアは老人と女の子をしばし見つめると、やがて覚悟したようにゆったりめ
の衣服に白い指をかけた。
「……分かりました」
その瞬間、アリアはちらとケインに目配せした。その動作に、ケインは全てを了
解すると同時に驚きを禁じえなかった。信じられないというのが本音だった。オ
レを信用しているというのか?素姓も分からない見ず知らずの男を頼った上で
行動に出るというのか?ケインは内心そう問いかけていた。
アリアはゆっくりと、ロングスカートのワンピースを脱いでいった。背中のリボ
ンがするするとほどかれ、紺色の衣服がはらりと床に落ちると、真っ白な下着
が空気に晒された。控え目な下着に覆われたアリアの身体は、張り詰めた豊
かな胸とくびれた腰から続くヒップの緩やかな丸みによって、見事なまでに流麗
な曲線を描いていた。目を逸らそうとしても思わず惹き付けられてしまう程に、
その姿は美しかった。だが、男どもの視線が固まったのはその中にあって唯
一奇異な特徴を示すものにあった。腰の後ろのあたりから見え隠れする、ぱ
たぱたと動く動物の尻尾のような存在、それが違和感を伴って強盗たちの目
を釘付けにした。
「な、何だそりゃ?オモチャか……??」
だが更に驚くべきことに、カチューシャをはずしたアリアの長い髪の間からはい
つしか猫の耳のようなものがぴょんと生えていた。しかもそれは、本物そっくり
にぴくぴくと反応していた。
「げっ……まさか……」
長身の男が気味悪げに後ずさる。それが合図となった。アリアはとっさに落ち
ていた衣服を掴むと男の顔めがけて投げつけた。次にはコンマ数秒と置かず
にケインが懐の銃を抜き放っていた。確実な二発が長身男の腕と脚を撃ち抜
く。続けざま、入り口の小男の手から銃が弾け落ちた。もう一方の手で食べ終
えていたスープのカップを投げたのだ。
「……完了」
ケインはそれだけ言った。決着は五秒とかからなかった。強盗どもが素人なの
はすぐに分かった。プロならば、曲がってしまう危険性を考慮してライフルの銃
身で人を殴ったりはしない。それを見た時点で、ケインはたやすい敵と判断し
ていた。
「ぐあっ……はっ……」
今度は強盗が床に転がる番だった。
「どうする?息の根を止めるかい?」
足で長身男を押さえつけながら、ケインが尋ねた。
「あ?いえ……街の外に追い出していただければそれで……」
気が抜けたのか、ぽかんとしていたアリアが遅れて反応した。そして、
「ふぇ〜っ!怖かったぁ〜……」
と下着姿もそのままにぺたりと床にへたりこんでしまった。
とりあえずロープで二人を縛り上げると、ケインは残っていたグラスの水を飲
み干した。するとそこへ、なみなみとワインが注がれた。
「お手柄じゃったな。これは奢りだ」
手当を終えた老人がそう言ってにかっと笑った。ケインは無言で受け取ると一
口含んでみた。かなりの年代物だ。芳醇な香りと味が口に広がる。
「悪くないな」
少しだけ、ケインは口の端を曲げて笑みを見せた。
「そう言えばまだ名前を聞いてなかったな。儂の名はロイ・バートンじゃ」
「ケインだ。ケイン・マドリガル」
皺だらけの手を差し出す老人に、ケインはそっけなく答えた。
「そしてこの子はミリエラ・アースリィじゃ。みんなミリと呼んどる」
そう紹介されて、女の子は初めてケインに笑顔を見せた。純真の固まりのよう
な、ケインにとっては眩しすぎる笑みだった。
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