「いずれ、な」
苦笑を隠すようにケインはそれだけ言った。
「んもぅ、いつもそればっかりじゃない。あたし、ケインさんとなら全然嫌じゃない
んだから。むしろ嬉しいくらい!本当よ」
「分かったよ」
片手を振って軽くいなすケインに、キャメリィは残念そうに口をとがらせた。ふと
見ると、ミリがいっぱしの恋人ぶって嫉妬の瞳を二人に向けていた。
「あら〜、ミリちゃんにはまだちょっと早い話よねぇ」
それに気付いたキャメリィが勝ち誇るように言った。ミリはぶんぶんと思い切り
首を振って否定の意志を表明した。
「あらあら、そんなに怒らないの。みんなケインさんのファンなんだから、独り占
めはだめよぉ」
「おいおい……」
キャメリィの言葉に、ケインはあっけにとられてしまった。冗談と分かっていても
迷惑な話だと思う。どうもあの強盗事件の顛末は、ケインの英雄談として一部
の人々に広まってしまったようだった。
「あはは〜、じゃ、またねー」
投げキッスを残して、キャメリィは水汲み場へ向かっていった。短いスカートか
ら覗く白い脚が軽やかに遠ざかってゆく。
「オレも店に戻るか……」
もうじきアリアも戻ってくる頃だった。少しミリと一緒に歩いてから、ケインは少
女と別れた。
「後で店に来な。奢るぜ」
懸命に水を運ぶミリに、ケインは手を振ってそう告げた。

 店に戻ったケインを待っていたのは、のほほんとした女性ではなくミリと同い
年くらいの見知らぬ少年だった。
「ケイン・マドリガルか?」
見るなり、少年はそう訊いてきた。手入れをしていないぼさぼさの髪、汚れき
った服、そして脇に転がっている大きめの荷物からするに長旅をしてきたよう
だった。相手はケインの名を知っているみたいだが、あいにくと彼の方は見覚
えがなかった。
「ああ……」
頷くなり、少年はいきなり拳銃を突き出した。そして、
「父さんの仇!」
そう叫ぶとためらうことなく発砲した。だが弾丸はあらぬ方へ飛び、標的にさ
れたケインは銃を抜くどころか悠然と立ったままだった。
「何の冗談だ?」
「冗談じゃない。本気だ!」
少年は顔を赤くしながら答えた。極度の緊張で全身に力が入りすぎているの
が分かる。これでは当たるものも当たるはずがない。
「あら、お客さんですか?いらっしゃい〜」
そこへ、食材の詰まった箱を抱えたアリアが姿を見せた。あまりにも場違い
な挨拶を少年に送る。
「いや、オレに用があるらしい」
「こいつは父さんの仇だ!」
二人が同時に反論した。
「仇?」
アリアがきょとんとする。
「仇と言われてもな。思い当たる節がありすぎるんだが」
それは別に嫌味ではなく事実だったのだが、ケインのその言葉は少年の怒
りに火を注いだようだった。幼さの残る顔を歪めて叫ぶ。
「俺の名はダン・ドレッド。お前に殺されたラロック・ドレッドの息子だ」
少年の発したその名前に、ようやくケインは合点がいった。確かに覚えがあ
った。二年くらい前だろうか。ある女性から人身売買をしている男を殺してく
れとの依頼があった。依頼人は自分の娘をさらわれ、金持ちに売られたあ
げく性的玩具として弄ばれ殺されたという母親であった。ダンの父親は直接
その娘を殺した訳ではなかったが、母親の頼みは娘を不幸にした者全ての
抹殺あり、多額の金と引き替えにケインはラロック共々関係者を四、五人始
末したはずだった。
「そうか、やつの子供か」

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