「父さんはただ身よりのない子供を引き取って養子にしてくれる家に預けていた
だけだった……なのに、それなのに殺しやがって。この殺し屋野郎!」
あえて反論はしなかった。父親が事情の知らない息子にそう説明していたのなら、
それを信じてしまうのは当然のことだ。何より今更真実を伝えたところで、ケイン
が少年の父親を殺したという事実は変わりようがない。
「今こそ仇を討ってやる。死ね!」
言うなり、ダンは続けて銃を放った。朝の空気に乾いた音が連続で響いたが、弾
の行方など興味がないかのように、ケインは微動だにすることなくその場に佇ん
でいた。
「くそっ、くそっ!」
あせるように、ダンは引き金を引き続けた。だが、拳銃からはカチッカチッという
弾切れの虚しさだけが鳴った。
「焦れば焦る程、命中率は低くなる。それにもっと両足を踏ん張って重心を固定
しろ。下半身がぐらついていればそれだけ狙いがブレる。あと撃つ時に片目をつ
むるのはやめろ。普段両目で見ている人間が片方の目だけで照準を合わせても
ズレるだけだ」
「な……」
余裕たっぷりのケインの講釈に、少年の羞恥心が頭をもたげた。より顔を赤らめ
ると、全身で否定の意思を示す。
「何のつもりだ!俺はお前を殺そうとしているんだぞ」
「分かっている。だがそれにしてはあまりにも頼りないんでな。このままでは一生
かかっても仇は討てんぞ」
「う、うるさい。誰がお前の指図なんか……」
「まあまあ、ダン君、ここまでケインさんを追いかけてきて疲れているんじゃない?
良かったらお店で少し休んだら?」
張り詰めた空気を粉砕するように、アリアが店のドアを開けながらダンに呼びか
けた。
「お腹もすいてるでしょ。何か作りますね〜」
どこまでもマイペースなアリアの勧めに、少年は困惑気味に向き直った。
「お、お前だってこいつの仲間なんだろ。何でそんなことを言うんだよ!」
「別に仲間なんかじゃない」
「困っている人がいたら助けるのが普通でしょ」
ぽつりと否定するケインの声をかき消すように、アリアが優しく笑いかけた。
「それにみんな、私にとっては大切なお店のお客ですもの」
その言葉に、いつの間にか姿を見せていたミリがうんうんと頷いていた。
「ふざけるなっ!」
耐えきれなくなったのか、ダンは一際大きく叫ぶとケインたちに背を向けた。どん
とミリにぶつかりながら、謝ることもなく走り去ってゆく。
「あら、荷物〜」
そう呟くアリアの声は、少年に届くことはなかった。

 店内に食欲をそそる香りがゆったりと満ちてゆく。開店前の仕込みが続く中、
ケインは無言でカウンターに座って頬杖をついていた。時々不機嫌そうに無骨
な指でカウンターの木目を叩く。奥の厨房では、終始にこやかなままアリアが鼻
歌まじりで鍋をかき回していた。
「さっきの子供の話を聞いていたんだろ?あれは本当のことだ。オレは殺し屋
で、あの子の父親を殺した」
その背中を睨むようにして、どこか脅すようにケインは低い声で口を開いた。
「それでもまだオレを信用するのかい?こんな残忍な男を」
「はい〜。だって、ケインさんはいい人ですから〜」
だが鍋の様子を見守るアリアは、いつもと変わらない調子で頷いた。
「馬鹿な!何を根拠に……」
「もしあなたが本当に血も涙もない人なら、あの場ですぐにダン君を殺していま
したわ。違いますか?」
「………」
反論できなかった。普段は呑気そうにしているのに、このアリアという女性は時
折ケインがどきりとするほど的確な指摘をする。二十歳前後にしか見えないと
いうのに、まるで母親のような暖かい包容力を纏いながら。


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