「まさか」
厨房で楽しげに調理をするアリアを横目で見ながら、せせら笑うようにケインは
鼻を鳴らした。
「だからお前さんはまだ若いと言うんじゃ。地獄を見てきたクチの割には人を見
抜く力は足りないようだの」
だが反論するでもなく、老人は何故か哀れむようにグラスの中に視線を落とした。
「………」
その反応に内心反感を抱くケインだったが、無言のままグラスをあおった。ここ
で苛立ってみせた所で自分の負けを認めるだけである。何よりも、老人がそこ
までアリアを信じきっている理由が分からなかった。彼女の過去に一体何があ
ったというのだろう。それとも、普段のほほんとしているのは見せかけだとでも
言うのか。
二人の間に沈黙が流れた。その横では、ジュースを手にしたミリが不思議そ
うな顔をして青年と老人を見比べていた。喧嘩をしている訳ではないが、気まず
い雰囲気があるのを感じ取ったのだろう。少し不安げな表情のままストローに
口をつける。そこへ、呑気な声と共にアリアが料理を運んできた。
「はい、焼き鳥のオードブルです〜」
「済まんの、アリアさん」
先程までとはうって変わってロイ老人は温厚な笑みを彼女に見せた。一方ケイ
ンは変わらず無言のままである。
「でも飲み過ぎは身体に悪いですよ。飲み友達ができたからって喜んで飲み過
ぎないで下さいね〜」
「はっはっはっ、アリアさんにはかなわないのぅ」
僅かに白髪の残る頭に手をやって、老人は豪快に笑った。まるで孫を猫かわい
がりしている祖父のようだとケインは思った。事実そうなのかもしれない、とケイ
ンは老人の言葉を半信半疑で受け止めることにした。単にアリアに入れ込んで
いるから弁護しているだけなのではないだろうか、と。
その時、カウベルが鳴ってドアが開いた。
「あら?いらっしゃい、ダン君」
アリアが入り口に笑みを送った。その名前に、ケインも振り返る。ダンはしかめ
っ面をしたまま店内に目を走らせていたが、やがて決心したように足を踏み入
れた。
「別に客じゃない。ただ荷物を取りに来ただけだ」
ばつが悪そうに少年は言った。カウンターの脇に置いてある自分の荷物を見つ
けると、黙って肩にかつぐ。
「ところでダン君、今夜泊まる所あるの?良かったらウチに泊まっていったら?」
どこまでお人好しなのだろう、とケインはアリアの提案に呆れた。少年は自分を
殺そうとしてここまで来たのだ。それを一緒の家に泊まるよう勧めるとは。もっと
もそう言い出すであろうことは想像できたし、夜討ちされたところで易々とかわす
ことはできる。ただ、アリアの生真面目な馬鹿正直さがおかしくもあり、また少し
辟易もした。
「ふ、ふざけるなっ!」
これもケインの予想通り、ダンは怒りを露わにした。子供ながらにプライドを傷
付けられているのが分かる。
「誰が敵に情けをかけられて喜ぶもんか」
「あら〜、私はただ困っている人を助けたいだけよ。ね、泊まるところないんでし
ょ?」
そんな少年の心理を知ってか知らずか、アリアは母親のような優しさで問いかけ
た。その小さな肩にそっと両手を置く。
「う……」
さしもの少年も、美人の笑顔には弱かった。言葉に詰まって俯いてしまう。
「じゃ、決まりね。今お夕飯用意するから座って待っててね〜」
嬉しそうににっこり笑って、アリアは店の奥へと消えていった。ダンはケインから
一番遠い席に座ると決まり悪そうにあさっての方を向いた。
「分かるか?これがアリアさんの包容力じゃよ」
ロイ老人が自慢げに口許を緩めた。同意を示してミリがうんうんと頷く。
「単にお人好しなだけだ」
煩わしげにケインはただそう評した。
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