その夜、予想通り少年はケインの部屋に侵入してきた。だが逆に手刀で気絶
させられ、朝までベットに転がる結果となった。
翌朝、店を抜け出し車で寝ていたケインが戻ってきた時には、少年はもう『猫
々亭』から姿を消していた。もっともあれ位で諦めるとは思えない。どうせどこか
に潜んで襲うタイミングを見計らっているはずだった。
「おはようございましゅ〜……」
また寝ぼけたままのアリアが店内に降りてきた。カウンターの前に立つと、その
まま動かなくなってしまう。
「ふにゅ……」
器用にも立ちながら眠っているらしい。やれやれという感じで、ケインがポンと
肩を叩く。
「ほら、起きな」
「はひ……」
だが、何を思ったのかアリアはもぞもぞと上着を脱ぎ始めた。たくしあげたパジ
ャマから、素肌のままの胸が零れそうになる。
「おい……!」
少し慌ててケインは上着を引き下ろした。
「着替えるなら自分の部屋にしてくれ」
「ふえ?……ふぁい〜」
その反応にケインはだめだ、と内心溜め息をつく。よほど低血圧なのだろう。ア
リアはいつも朝食が済むまでぼぉ〜っとしたままだった。
「あら、そういえばダン君は?」
コーヒーを飲んでようやく頭がすっきりした頃、アリアが今更のように気付いてそ
う尋ねた。
「出ていったようだ」
「そうですか〜」
どこか残念そうにアリアは呟いた。
だが再会はあっけなく訪れた。アリアが買い出しから戻ってくる時、同行してい
たケインは背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ケイン、覚悟!」
ゆっくりと振り向くと、ダンが拳銃を構えていた。昨日ケインが指摘した通り、今
日は重心もしっかり固定され、両目を開いて狙いを定めている。
「撃ちな」
アリアが距離を取るのを確認すると、ケインはそう言った。あたりに人はいない。
流れ弾が第三者に当たる心配はなかった。言われるまでもないと、ダンは引き
金にかけた指に力を込めた。
ぱんぱんと、拳銃の乾いた音が続いた。物陰に隠れて様子を見ていたアリア
が一瞬息を飲む。僅かな空白の時間……だがケインは倒れなかった。いや、
相変わらず避ける素振りすら見せない。
「撃つ瞬間手がブレてるぞ。もっと腕を固定しろ。反動があるのだからそれも考
慮しろ」
「わ、分かってるよ」
慌て気味に、ダンは残弾を放った。けれどもかろうじて一発がケインの頬の脇を
かすめただけで、すぐに弾切れの虚しい音が響く。
「く、くそっ……くそっ……!」
少年が弾を入れ替えようと目線を落とした瞬間、ゆらりとケインが動いた。あっ
という間に距離を詰める。少年が気付いて顔を上げた時には、彼の銃がその
額に突き付けられていた。
「ひっ……!」
「戦場では気を抜くな。常に敵の位置に注意しろ」
無表情のまま、ケインは撃鉄を起こした。カチリと無機質な音が少年の耳に届
く。耐えきれず、ダンはごくりと息を飲んだ。
「こ、殺せよ……」
「ああ」
言うなり、ケインは引き金を引いた。恐怖から反射的にダンは目を閉じた。
「………」
だが少年が頭を撃ち抜かれることはなかった。ダンの銃同様、弾切れの音だ
けが空中に散った。ケインの銃は初めから弾が抜かれていたのだ。
緊張が解けて、ダンはへなへなとその場に崩れ落ちた。ケインは無表情のま
ま冷たい声で、
「命拾いしたな」
と言った。
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