「!」
ゲイリィの銃がそのまま宙を舞ってぽとりと地に落ちた。
「次はその手を撃ち抜く。商売道具を使えなくしたくはないだろう?黙ってそのま
ま立ち去るんだな。オレは別に誰がNo,1でも構わないし、お前が喧嘩を売らな
ければこちらから手を出すこともない。じゃあな。あばよ」
ケインはそのまま歩き去った。その後ろには、ミリがちょこちょこと続いていた。
「くっ……うぉぉっっっ……!」
憤懣やるかたなく、ゲイリィは獣のように叫ぶしかなかった。

 ロイ老人がいつものように『猫々亭』へ向かうと、何故かケインが入り口の前
で所在なげに佇んでいた。
「どうした?」
「いや、あんたにちょっと聞きたいことがあってな」
決まり悪そうなケインの様子に、老人は怪訝そうに眉をひそめた。
「?……何じゃ、改まって」
「あのお人好しが三〇〇年以上生きているってのは、本当なのか?」
「……!」
そのケインの問いにロイははっきりと息を飲んだ。重苦しげに問い返す。
「誰から聞いた?」
「本人からだ」
「そうか。アリアさんが話したか……それだけお前さんを信用しとるんじゃろうな」
少し溜め息混じりに、老人は呟いた。
「で、冗談じゃないのか?」
「事実じゃ。儂が子供の時から彼女はあのままの姿だ。儂の爺さんの頃も同じ
だったそうじゃ」
「………」
「アリアさんはこの街の歴史と共に生きてきた。言わば街の住人みんなの母親
みたいなものだ」
「母親、ね……」
嘆息とも諦念ともつかない口調でケインが言った。認めたくない事実を受け入
れざるをえない、そんな気分が表れていた。
「彼女がお前を信じると言ったからには、儂も信じるだけじゃ。多分それは皆同
じじゃろう」
「オレは別に認めてもらおうと思っちゃいない」
その投げやりな返答に、ロイは何故か意地の悪そうな笑みを見せた。
「若い証拠だな。強がってみてもすぐ分かるわい」
「強がっている?オレが?」
「そうではないのか。お前さんが本当にアリアさんを拒むのなら、何故すぐに出
ていかんのだ?心のどこかではこの街に留まることを望んでいる、違うかな」
「そんなことはない。ここにいるのはあのお人好しに少し興味があったからだ。
飽きればすぐに出てゆくさ」
くだらない戯言とばかりに、ケインは肩をすくめてみせた。
「果たしてそうかの」
揶揄を含んだ一言を投げて、老人は店のドアをくぐった。
「………」
自分自身気付いていない心の裡を見透かされたような、奇妙な敗北感に捕ら
われながらケインも仕方なしに後に続いた。

 店内ではカウンターの隅でミリがノートを広げて勉強に専念していた。アリア
が暇を見ては教えているのだ。
 いつもの面子しかいないのを確認すると、ケインはいかにも手持ちぶさたと
いう風に斜めに腰掛けた。用心棒を頼まれたとはいえ、出番などそうそうある
ものではない。結局は常連客の話題に無愛想に応じるのが常であった。
「ケインさんも何か飲みますか〜?」
老人にいつものボトルを差し出しながらアリアが訊いてきた。
「いや、今はいい」
いつにも増してそっけなく答えて、ケインは懸命に計算の練習をするミリを眺
めた。少女は暇さえあればこの店に来ていた。他の子供と元気に遊んでいる
姿を、ケインはまだ見たことがない。愛らしい笑顔とは裏腹に、他人を遠ざけ
ているように思えなくもなかった。

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