せっせと加減乗除をしていたミリは、やがて解き終わると大きな笑みを浮かべ
てノートを掲げてみせた。
「どれどれ……うん、全部合ってるわよ、ミリちゃん」
アリアのその声に、ミリは得意げに両手を挙げた。もともと賢いのだろう。勉強の
飲み込みはかなり早かった。
「じゃ、このページの問題が終わったらおやつにしましょうね〜」
その提案に、ミリは張り切って新たな問題に取りかかっていった。アリアもけして
甘やかすことはしない。仕事の合間といえども教えるべきことはしっかり教えてい
た。
そう言えば、とケインは改めてミリの両親をまだ見たことがないと気付いた。も
しかして孤児なのだろうか。だがその割には帰る家もあれば朝にはいつも水汲
みにも来ている。その背景には家族の存在を想像することができた。少女の家
庭にどのような事情があるのか、ケインはふと疑問に思った。
「こんちはー」
そこへ、どこか気怠そうな声と共にキャメリィが顔を見せた。
「あら、いらっしゃい〜」
「いつものお願いねー」
「はい〜」
言い終わる前にキャメリィはカウンターに顔を伏せてしまった。
「どうしたんです?気分でも悪いんですか〜」
「いんやー……夕べ最後に相手した客にしこたま飲まされて、ちょっと二日酔い
なのよー……」
水を差しだしたアリアに、キャメリィは顔を上げることなく答えた。
「あらあら」
「でも客の奴もそのままグースカ寝てしまったから、あたしとしてはすることしない
で料金いただけたんでラッキーなんだけどねー……」
この街唯一の娼館で娼婦をしているキャメリィは、店でもかなり人気があるらしか
った。その分彼女は連続で客の相手をしなければならず、なかなか休めないとい
う訳である。
「それでしたら食事はあっさりめの方が良いですね〜」
「あー、頼みますー……」
アリアの機転に、キャメリィは元気なく片手を振って応じた。
「あったま痛ー……あーあ、どうせ相手するんなら、ケインさんとしてみたいわぁ。
オジさん連中はしつこくて疲れるだけだし。ケインさんならいつでもOKなんだか
らぁー」
具合が悪くてもケインにそう言うのだけは忘れないらしい。ケインはただ苦笑す
るしかなかった。
「あら、ケインさんもたまには息抜きしてよろしいんですよ。いつもお店の中にい
るんじゃストレスが溜まるでしょうから」
ランチセットを運ぶアリアまでがそんなことを言い出す。
「おいおい、分かってて言ってるのか?」
ケインはついそんな反論をしてしまうが、
「え、いいのアリアさん?あたしケインさんとやっちゃうよ」
アリアの言葉にキャメリィは喜々として顔を上げた。
「だって溜め込むのは身体に良くありませんわ〜。どこかで発散しないと」
二十歳前後にしか見えないのに、アリアはさらりとそう言ってしまう。
「なぁに〜?アリアさん相手してあげてないの?それは生殺しよぉ」
すかさずキャメリィが追求した。さしものアリアもそれには少し戸惑いを見せた。
「え?それは、やっぱり……ねぇ。私では役者不足でしょうから」
こういう会話に慣れているように装っていても、自分のこととなると恥ずかしいら
しい。珍しくアリアが顔を赤らめた。その様子がどこか少女じみていて愛らしか
った。
「やったー。アリアさんから許可貰っちゃった。さぁ、ケインさん!さっそく今晩に
でも……」
「勝手にやってろ……」
ケインは呆れて溜め息をついた。その頃になって、ケインはミリが怖い顔をして
アリアの袖を引っ張っているのに気付いた。
「あら、ミリちゃんごめんなさい。そうよね、ミリちゃんの許可も欲しいわよね〜」
「……そういう問題じゃないだろ」
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