「あら、私にとっては子育ても楽しいものですわ。何よりも、私には時間がたくさん
ありますから」
そう言って微笑むアリアのまなざしは、どこか悲しげでもあった。けして普通の幸
せを得ることができない運命だからこそ、他者には幸せになってほしい、そんな
願いを抱き続けているようにケインには見えた。あくまで彼女が不老という話を
信じるとしたら、だが。
「そうかい。ま、どのみちオレには関係ないな。それじゃ、オレはもう寝るぜ」
妙にそっけなく、ケインは店の中に戻っていった。その後ろ姿に暖かなまなざし
を送って、アリアは優しく呟いた。
「本当はミリちゃんのこと、心配なんですよね。でなければ両親のことなんて訊
かないはずですもの。やっぱり優しいです、ケインさんは……」

 種を埋めた大地に水を与えることは少女の日課になっていた。たとえその貴重
な水分が無駄に荒れ地に吸われていこうとも、彼女がその努力を放棄すること
はなかった。
 水を撒いて湿った土を見つめては、少女は日々瞳を輝かす。それを漠然と眺
めながらも、ケインがミリの行為を止めることはなかった。
 ある日、朝の散策の途中でケインはミリの家に通された。『猫々亭』からさほど
遠くない場所にある、ありきたりの質素な平屋の民家だった。幼い少女が一人
暮らしている割には掃除や整理が行き届いていて、その小さな身体で懸命に家
を守っているのが見てとれた。
「毎日掃除しているのか?」
ケインの問いに、ミリはこくりと頷いた。
「そっか、偉いな」
簡潔な一言に、少女は嬉しそうににこりと笑った。
 室内を見回していたケインは、ふとカップボードに飾られている写真に目が止
まった。恐らくはミリの両親なのだろう。自宅をバックに、ミリを中心にして仲の
良さそうな夫婦が笑顔を咲かせていた。少女のブロンドの髪は母親譲りらしい。
写真の女性も長く美しい髪が印象的だった。父親もどこか温厚そうな顔立ちで、
ミリが二人の血を受け継いでいることが良く分かった。
 写真の中で、幼いミリは花束を抱えていた。花弁の瑞々しさから、造花ではな
いと見えた。この星で本物の花を手に入れるなど、普通ならば思いつくはずもな
い無駄な贅沢だった。けれども写真の家族は、その艶やかな花々に無上の幸
せを見出しているようにケインの目には映った。まるで自分たちの幸福の象徴
であるかの如くに。
「ミリ、お前……」
言いかけて、ケインは口を閉ざした。もしかすると少女は、花が咲いたら両親が
戻ってくると信じているのかもしれない。それを願い続けて、これまで幾度となく
徒労に等しい努力と水を注いでいるとしたら……。
「?」
「いや、何でもない」
少女の無言の問いに、ケインはただ首を振るだけだった。

 強風の吹きすさぶ日。それでも少女は手桶で水を運んでいた。飛ばされそう
になりながら、細い両足を懸命に踏ん張って少しずついつもの荒れ地へと進む。
 ふいに風が遮られた。顔を上げると、ケインが庇うように少女の前方に立って
いた。
「貸しな。こんな日に一人で運ぶのは無理だ。第一辿り着く前に水が無くなる」
ケインの指摘通りだった。既に手桶の水は半分ほど風に持っていかれていた。
 手桶をひょいと胸元に抱えると、ケインはそのまま少女の壁になるようにしな
がらいつもの場所まで歩いた。
 見慣れた荒れ地は、気ままな風が唸りを上げながら荒れ狂っていて、そのま
ま種を埋めた地面ごと削り取られてしまうのではないかと思えた。それでもミリ
は、ケインから手桶を受け取ると慎重に水を撒いていった。その間も、ケイン
は壁となって少女と水を風から守ることを忘れない。
 何故こんな無意味なことに手を貸すのか、ケインにも明確な理由がある訳で
はなかった。アリアに毒されて自分もお人好しになったのかもしれないと内心苦
笑する。

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