「さ、終わったらさっさと帰るぞ」
ミリが満足したのを確認すると、ケインはぶっきらぼうに言った。少女を押すよ
うにして歩き出す。だがその時、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
「やはりここにいたな、ケイン」
嗄れ声の主はすぐに分かった。それでもケインは無視を決め込んで去ろうとし
た。
「やい、待ちやがれ!」
しかし相手は許してくれそうになかった。ケインはうんざりした口調で応じた。
「何の用だ?」
「てめぇとの決着がまだ着いてないんだよ!」
しつこい男だと、ケインは渋々振り向いた。案の定ゲイリィが蛇のような顔を歪
ませて仁王立ちしていた。
「前にも言ったはずだ。オレはNo,1なんかに興味はない。お前が勝手に自称す
ればいいことだ」
「やかましいっ。それで済むと思ってるのか!」
ゲイリィはどこまでも勝負にこだわった。優劣をつけることでしか自分の価値観
を見いだせないのだろうとケインは思う。悲しい奴、と半ば哀れむようなまなざし
で相手を見やる。
「その眼だよ、クール・アイ!俺はてめぇのその眼が気に入らねえんだ」
「生まれつきなんだ。悪いな」
「どこまでもふざけやがって!」
二人の間に緊張が生まれる。一触即発と思えたその瞬間、だが真っ先に動い
たのはミリだった。突然走り出すと、やにわにゲイリィの脚にしがみつく。
「何だぁ、このガキ。死にてぇのか!」
ゲイリィは鬱陶しげに少女を振り払おうと蹴りつけた。だがそれでもミリは離れ
ようとはしなかった。その理由はすぐに分かった。ゲイリィが立っているのは、
少女がさいぜん懸命に水を撒いていた場所なのだ。種が植えられているその
地を、乱暴な脚で踏み荒らされたくなかったのである。
苛立たしげにミリをふりほどこうとしていたゲイリィだったが、何かを思いつい
たように、ふいにその動きを止めた。次にはいきなり少女を抱きかかえるよう
にして持ち上げる。
「へへっ、こういう手もあるよな、ケインよ」
ゲイリィはミリのこめかみに銃を突き付けた。
「どこまでも最低な男だな」
ケインは吐き捨てるように言った。ゲイリィの蛇顔が醜悪な笑みを作る。
「へっ、要はお前に勝てばいいんだ。それで俺はNo,1になれるんだからな。悪
いがこのままてめぇを撃たせてもらうぜ!」
「どうせ悪いなどと思っていないんだろうが」
「分かってるじゃねえか」
無駄口で時間を稼ぎながら、ケインは密かに反撃の準備をした。どれ程ケイ
ンが銃を抜くのが早いと言っても、この状態ではミリの頭を撃ち抜かれる方が
先である。ならば一瞬の隙を作るしかない。
相手に気付かれないように、ケインはジャケットの袖口の隠しから小さな鉄
球を左手に滑り込ませた。小石よりも小さなその鉄球を親指と人差し指の筋
力を使ってはじく、ケインの隠し武器の一つである。破壊力はないが、相手の
気を逸らしたり目くらましをするには充分役に立った。だが今は状況が悪い。
こう風が強くては、鉄球はあっけなく流されてしまう。何としても風が止む瞬間
を見つけなければならなかった。
「それじゃあ、死んでもらうぜ。あばよ、ケイン!」
狂気の笑みを浮かべるゲイリィが撃鉄を起こす。その時、ミリが男の腕に噛
みついた。
「うわっ、このガキっ!」
それがチャンスとなった。風と風の合間を縫って、ケインの鉄球が放たれた。
小さな凶器は見事ゲイリィの右手を直撃する。軌道を逸らされた銃があらぬ
方向へ火を吹いた。
「!」
次の動作は神業だった。ミリが地に伏せるのと同時に、阿吽の呼吸でケイン
が銃を抜いた。確実な連続発射をこなす。弾は吸い込まれるようにゲイリィの
腕と腹を穿った。
「がぁぁぁっっっ」
次のページへ