第8話 渚でダンジョン?

 
 今日も今日とて救世主様御一行。森を抜けた彼等は再びの砂漠行軍だった。
「あぢい〜……もうダメ……死ぬ〜……」
まだ昼も前だと言うのに、島原は早くもだらけモードに入っていた。
「あ゛ー……どっかで水浴びでもしたいよ。どうせなら海水浴でも……」
無理だと解っていつつも、そうボヤきたくなる島原だった。が、
「それならありますよ、海が」
部下Bはあっさりとそう言った。
「へ?……なぬ??海ぃぃぃ〜〜〜っっっ???」
島原は一瞬我が耳を疑った。
「だって海だぞ海!こーんな砂漠の中にある訳ないだろーがっっ」
「いえ、ありますよ。この先に海の民の村が」
と部下Bは砂漠しか見えない方向を指差す。
「マ、マジか……?」
「マジです」
「海……砂浜……水着……サンオイル……」
それだけで、島原は既に妄想全開だった。
「おーしっっ、さっそく海の村へ出発だ!!」
ものの見事に立ち直ると、我先と歩き出す島原であった。
「ただしここから三日かかりますけどね」
その部下Bの言葉は、もう島原の耳に入ってはいなかった。

 で、三日後。三人は未だ砂漠の中にいた。
「お゛い゛っっ……どこに海なんかあるんだよ〜……」
「ですから三日はかかると」
「んなこと知らねぇぞ……海〜……」
すっかり疲れ切った島原が部下Bにぶぢぶちと文句を言い続けていた。
「あの〜」
その時、あゆさんが口を開いた。
「海って何ですか?」
「え、あゆさん海って知らないの?」
「はい」
考えてみれば砂漠で育ったのだから知らないのも無理はない。同じ村の出身なのに
知っている部下Bの方が珍しいのかもしれなかった。
「海ってのはね、それはそれはとても気持ちいいところなんだよ〜」
島原のその説明はあまりにも抽象的すぎた。
「はぁ……」
「女の子達が大胆な水着を着てさ、おっきな胸をたっぷんたっぷん揺らしていて、そ
れで男がその身体にサンオイルを塗ってあげたりして……」
「それはあなたにとってだけ気持ちいいのでは?」
部下Bの指摘はもっともだった。島原の海に対するイメージはあまりにも偏りすぎて
いた。と言うより、海の説明になっていなかった。
 と、そこへ『海まで五分』という看板が目に飛び込んできた。それを見るや島原の
テンションは一気に上がった。
「うぉぉぉぉっっっっ海海海〜〜〜」
猛然とダッシュを決め込む。その後ろを、やれやれという表情で部下Bがのんびり
続いた。あゆさんも終始マイペースな歩調だった。
「だははは〜のは〜っっ。大洗海水浴場〜」
勢い込んだ島原は、ようやく辿り着いた海岸へ一気に滑り込んだ。が……
「海水浴……じょ〜……あれ?」
そこに海はなかった。いや、正確には海水がなかった。あるのは砂浜と岩肌の海岸
線だけである。海水があったと思われる部分は、見事に干からびていた。
「う、海……海ぃぃぃ〜〜……」
あまりの現実に、島原はその場に崩れ落ちた。次いで遅れて到着した部下Bをキッ
と睨み付ける。
「おいっっっ。これのどこが海なんだよ!」
「ですから、海じゃないですか」
「水はど〜したんだよ、海水は!!」
「それは……」
と部下Bが説明しようとした時、突然横合いから唱和するような声が響いてきた。
「海のバカやろ〜っっっ」
確かにそう聞こえた。怒りにまかせて部下Bの首を絞めようとしていた島原も、その
声に一瞬きょとんとした。
「何だ?」
そちらへ視線を向けると、数十人はいようかという人々が一斉に海へ向かって叫ん
でいた。
「海の、海のバカやろ〜っっっ」
「何してんの、あんたら?」
不思議に思い、島原はその集団に近付いた。よく見ると全員Tシャツに海パンとい
う海水浴ルックだった。
「ん、お客か?我々は海の民だ」
その中の一人、隻眼のさも海の男といった感じの中年が島原に振り向いた。きっと
周りから「エイ○ブ船長」と呼ばれているに違いないと島原は勝手に決めつけた。
「はぁ、海の民……で、何やってんの?」
「むろん祈っているのだ」
「祈り?『海のバカやろ〜』が?」
またしても理解できない事態だった。
「左様。ま、立ち話もなんだ。我々の家へ来んか?今なら具の少ないラーメンがな
んと三割引だぞ」
「……なんだかなー」
 と、言う訳で三人は船長もどき男の家に通された。家といっても、外見は殆ど浜
茶屋であった。そこで島原は具の少ないラーメン、部下Bは粉っぽいカレー、あゆ
さんは荒削りのかき氷を勧められた。
「で、何であそこで祈ってたの?」
妙に麺の伸びたラーメンをすすりながら、島原が再度尋ねた。
「うむ。我ら海の民は元々海と運命を共にする民族であった。しかるに今から300
年ほど昔、突如起こった大地震と共に海は忽然とその水を枯らしてしまった。以来
我々は先祖代々、海の水が再び戻ってくるようこうして日々祈りを捧げているのだ」
「それで『海のバカやろ〜』、ね。それはご苦労なこった」
船長もどき男の説明に、島原は感心した様子もなく冷めた口調で言った。よくもまあ
300年もやっているものだと思う。
「ところであなた方、この地に伝わる伝説は知っているかな」
ふいに船長もどき男は話題を切り替えた。


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