第9話 ちょっとシリアスに(前)

 海なき海からまた砂漠へと戻り幾日。島原はこの光景にいい加減うんざりし始めていた。
「あ〜、なんかイライラする。もっとまともな場所はないのか、ここには」
「と言われましても、これが普通な訳ですから」
島原の不満に、部下Bが苦笑する。
「だからってこーも砂漠しかないんじゃ飽きるって。大体なんで移動手段が徒歩だけなん
だ?ふつーRPGじゃゲームが進むと船とか飛行竜とか、大がかりな乗り物が出てきて移
動範囲が広がるもんだぞ。……はっ、もしかすると俺はまだゲームの序盤でうろうろして
いるのか?あと幾つレベルアップすりゃ先へ進めるんだよ〜」
「はぁ……」
相変わらずの良く解らない島原のボケに、他の二人は返す言葉がなかった。
「とりあえずこのまま進めば河があります」
「河〜?また水がないんじゃないだろーな」
海で海水がなかったことを、島原はずっと根に持っているようだった。部下Bに訝しそうな
視線を送る。
「今度はちゃんと水がありますよ」
「ホントか〜?」
「私の貞操に賭けて保証します」
「お前の貞操なんか賭けられてもなぁ。俺はそっちのケはないぞ。どうせならあゆさんの
貞操を……」
そう言って島原はあゆさんをちらと見た。彼女は「?」という顔をしながらも、いつものよう
ににこりと優しい微笑みを返してくれた。その笑顔に、島原の気分も少しだけ収まった。
「……ま、他に行くところがある訳でなし。とりあえず河へ行ってみるか」
さしあたり、三人の次の行き先が決まった。
「あ〜あ〜カバの流れのよ〜に〜、どどめ色〜」
島原の怪しい歌もまた、相変わらずだった。

 翌日。歩き続けた一行の前に突如広大な河が現れた。
「ほぉ、これはまた大きい……」
島原は唖然とした。日本ではお目にかかれない大河であった。例えるなら黄河やミシシ
ッピー河に近いだろうかと、島原は写真でしか記憶にない河を連想してみた。
「しっかし、森や海もそうだけど、なんか地形がめっちゃくちゃだよな。お前は何とも思わ
ないのか?」
「別に……いちいち世界に疑問を持っていたら生活してゆけませんから」
島原の問いに対する部下Bの答えは実にあっさりしたものだった。何故この世界の人々
はこうも物事に拘泥しないのか、島原には疑問だった。もしかしたら疑問を持つこと自体
がタブーなのかも、という考えが一瞬浮かんだ。
「ここには河の民が住んでいます」
その島原の思考を遮るように部下Bがそう説明した。
「河の民?今度は河の中にでも住んでいるのか?」
「少し違います。ほら、あそこに入り口がありますよ」
部下Bが示す先には、マンホールのような穴があった。
「入り口?ここが?」
「はい」
島原は何気なくその穴を覗き込んだ。中は暗くてよく見えなかったが、かなり深く続いて
いるようだった。
「ずいぶん深そうだな……」
ぐっと島原は顔を穴へ差し入れた。と、その時、バランスを崩して島原はそのまま穴の
中へ落ちてしまった。
「!」
やや斜めになっているその穴を、島原はジェットコースター的速度で滑り落ちていった。
「ここ滑りますよ〜」
頭上から部下Bの間延びした声が届いた。
「今更遅いーっっっ」
島原は周囲の壁に手足をかけて止まろうとしたが、壁面はツルツルとしていて摩擦力
は限りなくゼロに近い状態であった。止まる気配はまるでない。
「うぉぉぉぉっっっっっ」
最近の島原は叫んでばかりである。
 どれ程滑り続けただろうか。ともかくも島原は穴を脱して地面へと着地した。いつぞや
のように思い切り尻餅をついて、だが。
「いってぇ〜」
自分の尻をさすりながら島原はあたりを見回した。うっすらと明るい感じがした。そこは
広々とした洞窟で、光源の定かならぬ光で満たされているようだった。
 やがて部下Bとあゆさんがゆっくりと宙に浮きながら下降してきた。島原は改めて彼
等が飛べることを思い出した。
「だいじょうぶですか〜?」
あゆさんがのんびりとした口調で訊いた。島原は笑顔を取り繕って、さも余裕ありげに、
「たいちょーふ、たいちょーふ、全然何ともないアルよー」
と怪しい中国人のマネをしたが、むろんあゆさんが理解できるはずもなかった。
「……?何か言葉遣いが変ですよ」
「いや、何でもない……」
こほんと咳払いして、気を取り直すように島原は部下Bに尋ねた。
「で、ついにジャブロー最大の入り口を見つけたという訳か。赤鼻、この洞窟はどこに
続いているんだ?ガ○ダムの量産工場か?」
「誰が赤鼻ですか。河の民の村ですっ」
どこか投げやりに言うと、部下Bは奥へと歩き出した。あゆさんと島原も後に続く。
 進んでゆくと、次第に洞窟内の明るさが増していった。やがて視界が一気に開け、
三人は天井が一面透明な空間へ出た。
「こ、これは……!」
島原が息を飲む。それは不思議な光景だった。ガラス張りの河底を下から見上げて
いるかのようである。遙か頭上を、魚達が悠然と群れをなして泳いでいた。島原は子
供の頃遠足で訪れた大規模な水族館を思い出した。
 視線を元に戻すと、広い空間のそこここに住居らしき建物があるのが目についた。
河の民の村なのだろう。
「お客さんですかな。ようこそ我らの村へ」
そこへ、パターン通り村の代表らしき中年男が現れた。何故か怪しげなサングラスを
かけ、アロハシャツを着て扇子をぱたぱたとしている。雰囲気は殆ど海外旅行に来た
日本人観光客であった。
「ども」
島原もだいぶ慣れてきた。ペコリと挨拶する。
 いつものように部下Bの紹介で、島原達は救世主様御一行としてアロハシャツ中年
男の家に通された。村の入り口にはアーチが組まれており、そこには『Welcome』と
大きく書かれてあった。その一方で道行く人々は三人を見ると「おでんせ(おいでなさ
いませ)」と声をかけてくる。文化がバラバラだ、と島原は思った。


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