第10話 ちょっとシリアスに(後)

 河の民の村で島原が知り合った愛らしい少女は、新種の魚の毒にあたって倒れてし
まった。夕方までに河の上流にあるという薬草を採ってこなければ少女は助からない。
島原は少女を救う為、今決然と立ち上がった。行け、島原!砕け、ジャイア○トロボ!!
気分はほとんどビルの街にガオーッだ。

 薬草を入手すべく、島原はアロハシャツ中年男からその詳しい形状を聞いて呆れた。
「こういう形です」
と見せられた絵は、二十世紀末の一時期流行したフラワーロックそのものだった。
「音を鳴らすと反応して踊ります」
まさしくフラワーロックである。
「ホ、ホントにこんなのが生えてんの?」
「はい。この河の上流にしかない、珍しい種です」
と、アロハシャツ中年男はいたって真面目であった。
 ともかくこの薬草(?)を手に入れねばならない。島原は颯爽と村を飛び出していった
……訳ではなく、あの滑る穴を部下Bに引っ張ってもらい、地上へと出た。
「じゃ、行ってくる」
頭に白いハチマチをぎゅっと巻きながら、島原は部下Bと見送りに来たあゆさんにそう
告げた。
「あの……」
どこか心配そうに俯いて、あゆさんが口を開いた。
「ん、何?」
「あたしにできること、何かありませんか?」
彼女のその言葉に、島原は少し間を置いて、
「……そうだな。この世界に神という概念があるのなら、その神様にでも祈っていてく
れ」
と言った。そしてくるりと背を向けると、
「俺は……走る!」
と駆けだした。その後ろ姿を見つめながら、
「……紙を折ってどうするのでしょう?」
あゆさんは不思議そうに首を傾げた。
「さぁ……」
部下Bも同様の表情をする。彼等に神という概念は存在しなかった。
「しっかし、大丈夫かなー」
島原が遠ざかったのを確認すると、部下Bはあからさまに不安を露わにした。
「あの人は救世主ですから、きっとやり遂げます。あたし、信じています!」
あゆさんは確信をもって答えた。
「けど……あの人アホだからなー」
部下Bはズバリ真実を認識していた。

 走った。島原はひたすら走った。
 自分の為に少女が倒れ、それを救うべく勇者が走る。これぞヒロイック・ファンタジー
の主人公だと島原は思った。以前あゆさんが城から島原を助けた時、彼女は自分に
「ヒロイック・ファンタジーの主人公になってもらう」と言った。今がまさにその時であった。
それは、これまでの旅のいかなる場面よりもリアリティをもって胸に迫った。今島原を突
き動かしているのは、あの少女を死なせたくないという純粋な動機であった。ただ、これ
を機に少女とお近づきになれればいいな〜という下心は充分にあったが。
 アロハシャツ中年男の話では、薬草のある所までには様々な障害があるというのだが
……
「ん?」
走り続けていると、前方に長々と陸上用のハードルが並んでいた。
「な、何だ?」
島原は苦もなくひょいひょいとハードルを跳び越えた。さらに進むと、砂漠の一面に網が
張り巡らされていた。
「これをくぐれって言うのか?」
そのまま踏み越えればいいものを、島原はご丁寧にわざわざ網の下をもぞもぞとくぐっ
た。続けて平均台による一本橋、空き缶で作った竹馬、果てはパン食い競争のように
パンがぶら下がっているものまで現れた。
「障害って……障害物競走のことだったのか」
走りながら島原は呆れた。この世界はどこまでもふざけているらしい。最後には借り物
競争まで出る始末。
「……『ウル○ラセブンの幻の12話』?こんなもの借りられるかっ!」
クジを引いてみて島原はバカバカしくなった。無視して目的地へ向かうことにする。
 どの位走ったのかは解らない。島原がフルマラソンした気分になった頃、目指す地は
眼前に現れた。
「ぜぇ、ぜぇ……あ、あった……」
それは異様な光景だった。見渡す限り一面にフラワーロックが生えていた。手を叩くと
一斉にうねうねと踊り出す。はっきり言って不気味だ。
「ええい、何だってかまわん」
島原は手近な一本を引き抜いた。とたんに花は「ギャーッ」と悲鳴を上げてぐったりし
た。
「マ、マンドラゴラかこいつは……」
なんつーイヤな奴、と島原は耳を塞ぎながら何本か抜いて袋に詰めた。休む暇もなく
そのまま帰途につく。足元の影がかなり長くなっているので、残された時間はあまりな
いと思えた。 

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