最終話 虚構の終焉

 お知らせ 
 最終回は作者の勝手な都合によりいつもより長く(当社比1.8倍)なっています。と言
う訳でオープニングはカット、タイトルだけ表示でいきなり本編開始です。

「お前は確か……」
「憶えておられますかな」
「誰だっけ?」
島原のそのとぼけた回答に、中年チョビ髭男は思いっきりコケた。
「おおーっ、いい転がりっぷり。あんたお笑いの才能あるよ」
「ず、随分余裕あるみたいですな」
「冗談だってば。よくあるギャグじゃない」
「なんか本気で忘れていた感じでしたが……」
「まっさか〜。えーと、えーと……」
否定しながらも、島原はホントに思い出せない様子だった。
「……あぁ、そうそう、城の民の村で最初に会った男だよな。けど、何故あんたがここに
いる?」
ようやく顔と記憶が一致したのか、ぽんと手を叩くと真剣な表情に戻って島原は問いた
だした。その島原を中年チョビ髭男はじっと凝視し、
「……相変わらずですな。全てに懐疑的で、己の現実に固執する」
とまたもや怪しげな口ぶりをした。
「何だって?一体あんた何者だ。まさか今回のラスボス?それとも、よもやデウス・エク
ス・マキナだなんて言うんじゃないだろーな」
「さて、どうですかな」
「そもそもあんたはこの世界で俺に何をさせようってんだ?」
「それはこの旅を通じて気付くと思っていましたが。残念ながら救世主としての真の自覚
には至らなかったようですな」
「なんだと?じゃあやっぱり最初から全て仕組んでいたんだな。俺がここへ辿り着くよう
……」
「まぁ、そういうことになりますね」
「ずっとてめーの掌の上で踊っていたという訳か。なんか面白くないな……大体なーにが
救世主だ!こんなのただの観光旅行じゃないか。そんなもので俺が変わるとでも思って
いたのか」
中年チョビ髭男の余裕たっぷりな言いように、島原は必要以上に毒づいた。
「ほぅ、すると?」
「ハナから結論は同じだ。この世界は虚構で満たされている。全てがいい加減で、デタラ
メで、不条理そのものだ。会う人々は皆どこか変だし、気候もバラバラ、食い物は妙に和
風だったり全然食えない代物だったり……おまけに城の民だの砂の民だのと、この世界
にはまともな固有名詞がまるで存在しないじゃないか!」
島原はこの世界に抱いていた疑問を全て吐露しようとした。口にしつつも、今までぼんや
りとしていた違和感が明確な姿を顕わし始めたことに島原は気付いた。
「つまりこんな世界は物理的にありえない!あるとすれば、それは……」
「夢の中だけ、とでも言いたげですな。でも、それはあなたが自分の常識や尺度でこの世
界を見ているからです。現にこの世界はこうして在るのですから、一概に全否定する訳に
もいかないでしょう」
「いや、そうとも限らないさ。たとえ夢の中ではないとしても、或いは全員がよってたかって
この世界を『演出』している、とかさ」
その島原の言葉に、中年チョビ髭男の眉がぴくりと動いた。
「なかなか鋭い考察ですな。確かにその通りです。虚構に満ちているのも道理、この世界
はあなたが考えているように異世界ではありません」
「よーやく認めたか。まさか今更脱構築やらポストモダンをおっ始める気じゃないだろーな。
それとメタフィクションもご免だぜ」
「いえいえ、確かにここは異界ではありませんが、真実の姿はあなたのいた二十一世紀
よりさらに数十世紀先の地球なのです」
「そーかそーか……って、な、何ぃっ!」
島原の毒舌が一瞬止まった。が、すぐに、
「ヒロイック・ファンタジーがダメとなれば、今度はハードSFを装うつもりかい」
と言い返した。けれども中年チョビ髭男は動じず説明を続けた。
「ですから言いましたでしょう。これがあるべき姿なのだと」
「???どーいう意味だ」
「あなたが先ほどまで見ていた鉄の民の村、これが本来の地球の在りようなのです」
「こんな機械崇拝の街がか?」
「そうです。正確に言いますと人類は一度滅びかかったんですよ。自然環境の過度の破
壊と人口増加が原因でね。科学文明は地球を押し潰し、ついには地軸さえも狂わせた。
結果、地球は人が住むのに適さない星となったのです。人間自らの手によってね」
中年チョビ髭男がさも当然のように話すのを、島原は何やら恐ろしい気分で聞いた。
「……これが、人の未来だって言うのか」
彼の話が虚構でない保証はどこにもなかった。けれども、たやすく否定できない真実味
が何故かそこにはあった。島原の脳裡には、男が語る地球崩壊の様子がありありと明
確なヴィジョンとなって描き出された。これはたぶん本当のこと、島原の心は無意識に
そう認めていた。
「人間は自分で思っているほど利口ではないんですよ。解っていながら環境破壊をやめ
ることができなかった。あなただって、便利な生活をそう簡単に捨てる勇気はないでしょ
う?それと同じです。そして人類の大半が死に絶えてから、ようやく自分達の愚かさに気
付いたのです。それでもこの滅びかけた星の下で存続しようと、人々は自らの身体に変
革を加えた。あなたがこれまで見てきた様々な村は、次の時代へ人間を適応させる為
の実験区だったのですよ」
「人間の身体に手を加えただって?……あゆさんや部下Bが飛べるのはそういう訳か」
理解はしたものの、それはどこかおぞましさを感じさせる話だった。


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