「そうです。やがては最適な身体を見つけ、全ての人間がその身体へと変革するでしょう」
「……ちょっと待てよ。みんなはそのことを知っているのか?」
島原はふとそれが気になった。もしもあゆさんまでが全てを知った上で島原と行動を共にし
ていたのだとしたら、もうこの世界で信じられる人間は誰もいなかった。
「まさか。各々の村人達は自分等が初めからそういうものだと認識しています。ですから彼
等にとってこの世界は当然の存在、あるべき姿なのです。事実はごく一部の者、この実験
を統括する者しか知りません」
「あゆさん達がこの世界に疑問を持たないのは、そういうことか」
どこまでも用意周到な連中だ、と島原はこの実験の統括者達を嫌悪した。その一方で、あ
ゆさんがこの計画に加担していないと知って安堵もしていた。
「ですが問題はさらにあった。地軸の歪み、空間のねじれは時空間にまで及んだ。空間転
移現象が多発するようになって、この世界そのものが不安定になってしまったのです」
「それは以前部下Bから聞いた」
「やがて時間を超えて様々な時代の人がこの世界に現れるようになりました。私が以前言
ったこと、憶えていますか?」
「この世界には俺と同じ世界から来た人が九九九九人いるって話か」
「はい。それは事実です。ですが、彼等は偶然によってこちらの世界へ飛ばされてきた人々
でした。けれどもあなたは違います。我々が意図して呼び込んだ人間なのですよ、島原高
雄君!」
「なんだと?」
一瞬島原はギクリとした。この世界へ来てから名前を呼ばれたのは初めてだった。それは
ある種懐かしい感覚でもあった。
「そう、あなたは真に救世主としてこの世界を救うべく降り立ったのです」
「バカな。俺は一介の大学生だ。それがなんで救世主なんだよ?」
「それはもうすぐ解ります」
どこまでも底を見せずに、中年チョビ髭男は口許を歪めた。
「……どーでもいーけど、説明的なセリフが長くねーか?大体種明かしを全部セリフで語ら
せるなんて三流以下だぜ」
「しょうがありませんよ。作者が作者ですから。それにもうあらかた終わりです」
中年チョビ髭男がそう言うと、薄暗闇の中に突如スポットライトが灯り、その中に豪華そう
な椅子が浮かび上がった。
「立ち話で疲れたでしょう。とりあえず腰掛けてコーヒーブレイクといきませんか?」
「いいねぇ。『物語を強引に中断する深い味わい、ゾンビも目を剥くドッグブレ○ド』ってや
つか」
島原も気を緩めてその椅子に座ろうとした。だが、よく見るとその椅子には何やらゴチャ
ゴチャした機械が繋がっており、そこから伸びた太いコードが何本も見えない暗闇の奥
へと続いていた。
「………」
本能的に島原は腰掛けるのを思いとどまった。
「どうしました?さあさあ、まずは座って」
「なんか思いっっきりアヤしくねーか、この椅子?」
「ま、確かに単なる安楽椅子ではありません。言うなればこの世界を救う装置です」
「はぁ〜っっ?」
おいおい、また怪しい雲行きになってきたよ、と島原は眉をしかめた。
「今までこの世界へ転移してきた人々を調べて解ったのですが、時空を超えるにはある
種特定の波長とシンクロできる人間でなければならないのです。特殊な能力とでもいい
ましょうか、ともかく超空間を介して時間移動ができる人間です。そしてあなたは、特に
そのシンクロする能力が高い体質なのですよ」
「人を異常体質みたいに……」
「そしてその体質を持つ者だけが、この世界の混乱を正すことができるのです」
「どーやって?」
「てっとり早く言ってしまえば、あなたの能力を増幅し、それを媒体としてあなたが元いた
世界、つまり二十一世紀の地球をここへ転移させるのです」
「はぁっっっ???」
にわかには理解しかねることだった。
「要するにこの地球と二十一世紀の地球を取り替えることによって、世界の安定を図ろ
うという訳です」
「よー解らんが、できるとは思えない話だな」
「それが可能なのですよ。何せ数十世紀未来の世界ですから」
「……なるほど」
根拠はなかったが、島原はなんとなく納得してしまった。
「そりゃあしゃーないよな。なんせ数十世紀未来の世界なんだから。でも、それが可能
だとして俺がいた世界の人々はどうなるんだ?」
「もちろんこちらの地球と入れ替わるのですから、不安定な大地に住むことになります。
場合によっては転移の際に時空間が一気に崩れて消滅という可能性も……」
「おいおい、過去の地球が消滅したらこの世界だって消えるんじゃないのか?」
「それは大丈夫です。入れ替わった時点で、互いの地球は別々の時間軸を進むことに
なりますから」
「パラレルワールドってやつか。なんとご都合主義な」
島原の呆れた声に、中年チョビ髭男は少し笑ったようだった。


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