第2話 ひろいっく・ふぁんたじー?

 分け入っても分け入っても白い砂?

 ……などとくだらない盗作をしている場合ではないはずなのだが、鉄格子のはまった小
さな窓から見えるのは、まさしく白い砂ばかりであった。
 異界と呼ばれる場所に来て三日。島原のアイデンティティーは崩壊寸前だった。
「……異界だなんて、ファンタジー小説の世界か、ここは?今にきっと昆虫型のロボットに
乗せられて生体エネルギーで戦うんだ。それとも剣と魔法で世界の破滅を望む魔王に立
ち向かうのか?そうかもしれない。でもレベルアップするにはまず経験値を稼がなきゃ…
…えーと、それにはまず民家のタンスを漁って装備とアイテムを手に入れないと……」
端から見ると殆どアブない人である。島原は一人ぶつぶつと行く末のあらぬ心配をし続け
ていた。
 この三日、島原は石造りの冷たい牢獄に閉じこめられていた。ここを異界と認めるまで
は彼を出さないつもりらしい。それですっかり精神的にまいっていたのだ。
「ん、待てよ」
虚ろに独り言を呟く島原は、そこで何かに気付いてふと顔を上げた。
「けれどもここには妖精もドラゴンもいない。いるのは変な奴らばっかりだ。おまけにこの
中世以前のヨーロッパ風の建物。こいつはあまりにも出来過ぎている……」
ようやく島原にも冷静に考えられる余裕が出てきたようであった。
「つまり俺はファンタジーではなく異色SFの主人公だったのか」
いや、まだ正気ではないらしい。
「ええい、何でもいい。要はここから脱出することだ。何か武器でもあれば……」
その時、扉の向こうに足音が近付いてきた。カギをはずす音と共に扉が開かれ、あの中
年チョビ髭男が姿を見せた。
「どうですかな。ここを異界と認める気になりましたか?」
その言葉に、島原は親の敵とでもいわんばかりに中年チョビ髭男を睨みつけた。
「言ったはずだ。俺は絶対に認めない!」
「ならばずっとここにいてもらうだけです。惜しいですな。ただ一つの事実さえ認識すれば、
あなたは自由になれるというのに」
その口振りがいかにも怪しかった。さもこの世界の存在を信じろという口調である。島原
は男の言葉に虚構性を感じ取った。
「あんたは俺に何をさせるつもりなんだ。ここを異界と認めさせた上で、何をさせようって
んだ?」
「別に。ただ早くこちらの世界に馴染んでほしい、それだけです。最初に言ったように、あ
なたは向こうの世界から来た一万人目の人。つまり九九九九人のあなたと同じ世界の
人がこの世界で暮らしているのです。あなたも事実を受け入れ、是非そうなさるよう願い
たいものですな」
「………」
再び扉が閉じられた。島原は男の言い回しが一々疑わしく思えた。真実味がカケラも感
じられないのだ。
 あの男の目的は何だ?一寸考えてみる。第一自分と同じ世界の人間が九九九九人
もいるにしては、窓の外には人っ子一人いやしない。そんな連中がどこにいるというの
だ。さらにここが異界で彼等が異世界の人間だとして、何故こうも言葉が通じるのか。
あの男は平然と日本語を喋っていたし、外見はいかにも日本人的だ。テレパシーで意
志疎通を図っているなんてどこぞのアニメのような設定を今更信じる気はない。あまり
にもすべてが胡散臭かった。
 ……誰かがここで俺に何かをさせようとしている?島原は背後に大がかりな策謀が
あるのではと考えだしていた。

 その夜、夕食を終えてすることもなく島原が床に寝転がっていると、ふいに誰かが外
壁を叩く音がした。
「あのー、もしもし〜」
「?」
「もしもし、聞こえますか?」
若い女性の声だった。島原は窓に近寄った。
「あの〜……」
「はいはい、聞こえてますよ」
何やら間の抜けた会話である。島原のその返事を確認すると、壁の向こうの女性が言
葉を続けた。
「えーと、今からこの壁を壊しますので……」
言うが早いか、島原が耳を押し当てていた石壁がどぉんという衝撃と共に吹き飛んだ。
その勢いで島原は反対側の扉までごろごろと転がった。
「危険ですからさがって下さい、と言おうと思ったのですが……」
「壊す前に言ってくれよ!」
ひっくり返った体勢のまま島原は叫んだ。が、次の瞬間彼は目を見張った。土埃が収
まったその向こうから現れたのは、十七・八歳と見える長い黒髪の華奢な美少女だっ
た。
「あの〜、大丈夫ですか?」
少女が島原の姿を見て心配そうに声をかけた。
「そ、そりゃあもう!」
島原は瞬時に身を起こし、乱れた髪を整えて衣服の埃を払うと、
「お嬢(ぜう)さん、助けて下さってありがたう」
と一オクターブ低い声でうやうやしく礼を述べた。本人は目一杯気取っているつもりだ
ったが、少女は全く気にする様子もなく、
「では逃げましょう」
と島原を促した。その反応にやや気落ちしながら、島原はひょいと穴のあいた壁から
外へ出た。
 が……

 次のページへ