第3話 ぼうけんにでてみよーか
どの位飛んだのかは解らないが、闇の中にぽつりと小さく光るものが見えた。それが松
明の明かりだと判明する頃になって、自称少女Aは高度を下げていった。
「では、降ります」
少女がそう言った時には、二人はもう砂の上に着地していた。
「見事なもんだ」
その能力に、島原は素直に感心した。それを気にも止めず、自称少女Aは松明の火の
方へ歩き出した。慌てて島原も後を追うと、やがて一人の男の姿が松明に照らし出され
た。
「ご苦労でした」
出迎えた男が自称少女Aにそう声をかけた。島原と同年齢位だろうか。つるんとした顔
立ちの、特徴がないのが特徴というような地味な印象の青年だった。島原を一瞥すると、
軽く会釈してきた。
「今のところ追っ手はないと思います」
「なんとか気付かれずに来られたようだね」
「連中、追ってくるのか?」
少女、青年の会話に、島原が尋ねた。青年がそれに答える。
「ええ、じきに捜索隊を出してくるでしょう」
「あんたらって対立してるの?」
「対立という程ではありません。むしろ彼等『城の民』と我々『谷の民』はあまり交流がな
いと言えます」
「城の民?谷の民?」
「私らの民族毎の呼び名です」
「ふぅん……」
青年のその説明に、島原は少しずつこの世界の構造を理解し始めた。が、未だここを
異界と認めている訳ではなかった。
「に、しても何で俺を助けたのさ?」
「それは、私共にとってあなたが大切な方だからです。詳しい話はいずれ……」
青年の答えは漠然としていた。ともかく、彼を先頭に三人は歩き出した。周囲は砂と闇
ばかりで、島原にはどこへ向かっているかなど解るはずもなく、今はこの青年に全てを
委ねるしかなかった。
幾ばくかの時間が流れ、やがて前方に黒い塊が現れた。さらに近付くと、それは城
のような建物だと解った。
「ここがあんたらのアジトかい?」
「ええ……」
青年は少し間を置いて、
「奴らの城に戻ってしまいました」
ととぼけたように言った。
「なにぃぃっっ」
次の瞬間、大きな喚声が湧き起こり大量の人影が城の門から飛び出してきた。
「わっ、わっ、わわーーーっっ」
その状況に、島原は奇声を発して逃げ出した。松明を消して、残る二人も後を追うよ
うに駆けだす。
砂漠の砂はからみつくように足にまとわりつき、島原は思うように走ることができな
かった。その状況に、もしかして飛んだ方が速いのではないかと思いつく。
「と、飛んだ方がいいんじゃ……」
息を切らしつつ島原が提案した。
「いえ……私達は飛ぶより走った方が速いんです」
「そ、そーいうものなのか……」
青年の説明に、島原は落胆した。
かろうじて三人の足の方が速かったようで、背後から追いかけてくる足音と喚声は
次第に遠ざかっていった。やがて、どこをどう走ったのかは解らないが、周囲に人気
がないことを確認して、三人はひとまず休むことにした。
「はぁ……はぁ……はぁーっ……」
怠慢な大学生しかやっていない島原は、今にも死にそうな程息があがっていた。こん
なことならもっと運動しとくんだった、と今更ながらに後悔する。見ると、自称少女Aも
同じように肩で息をしていたが、その肌は全く汗をかいていなかった。島原の方は額
や腕に大粒の汗を浮かべ、シャツもべっとりと身体に貼りついて気持ち悪いというの
に、他の二人は息こそ荒いがまるで平然としていた。育った環境の違いだろうか、と
島原は思った。
「それにしても……ここはどこだ?」
島原はあたりを見回した。再び闇と砂だけの世界である。
「目的地から離れてしまったんじゃないか?」
「ああ、それなら大丈夫です」
青年がやけに自信ありげに断言した。
「どーして解る?」
「ここに標識がありますから」
なる程、再び松明を灯し青年が指差した先には、『もうちょい 味方のアジトまであと
500メートルだ』という日本語のプレートがあった。
「……」
島原はこの世界には自分の常識は通用しないのだと改めて理解した。
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