『彼女、あなたと別れたことをずっと悔やんでいたわ。何でもっと優しくしてあげら
れなかったのかって……自分のことしか考えずにあなたを傷つけてしまってごめ
んなさいって、何度も哀しそうに言ってた……』
それは逆だ、と彼は自分を責めた。自分のことしか考えていなかったのは俺の
ほうなのに……今になってそのことに気付いても、それはあまりにも遅すぎる後
悔だった。
 やがてタクシーは郊外の小さな墓所に辿り着いた。頼りない足取りで車を降り
ると、彼は恐る恐る彼女の墓石を探した。
「………」
ほどなく、それは見つかった。命日で捧げられた花に囲まれた墓石は、ひっそり
と冷たい風の中に佇んでいた。ゆっくりしゃがむと、彼は言葉を失ったまま墓碑
をひたすら見つめた。
 これが……これがあの彼女だというのか。春の陽射しのような笑顔を見せてい
た彼女の眠る場所だというのか。この硬質な墓標のどこにも、彼女の面影など
残ってやしない。もはや、どこにも……。
「……!」
意識しないまま涙が溢れだし、それは堰を切ってこぼれ続けた。記憶を封じてい
た三年間という空白を埋めるかのように、涙は止まることを知らずに流れた。列
車の中のまどろみで見た夢と、今こうしている現実との食い違いがあまりにも哀
しかった。できるならこの瞬間こそが夢であってほしい、彼は痛切にそう願った。
いつまでもそう願い続けた。
 やがて静かに、気の早い夕暮れがあたりを包んだ。そして彼が泣き腫らした
顔を上げた頃、闇の中にあって雪明かりだけが仄かな光を放っていた。その微
かな明るさの中に、彼は優しい笑みと共に振り返る彼女の幻を映し見たような
気がした。最後の想い出を、名残惜しそうにゆらめかせながら……。
 

                                      (1998 3 13著)
                                    (2001 1 31改訂)


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