「大丈夫?」
「はい……少し休めば、きっと……」
か細く応える静の様子に、彼はゆっくりと少女を座らせた。自分も隣に腰を下
ろし、そっとその肩を支えてやった。静は麦藁帽子を小脇に置くと、安心した
ように彼の肩へ頭を預けた。
「この景色を見ていたら、何だかとても寂しい気がしました。先生が私を残し
て、ずっとあの果てに行ってしまったような……。ここに一人取り残されてしま
ったみたいな、そんな心細さを感じて、そうしたらすうっと意識が遠くなってし
まいましたの」
静のその言葉に、彼は自分の考えに没頭するあまり、すぐ隣にいる彼女を
意識の上で置き去りにしてしまったことを後悔した。静は薄々とそのことを感
じていたに違いない。だのに自分は世界のことばかりに気を取られて……彼
は慚愧の念にかられた。
「そんなことはありませんよ。ほら、私はここにいるでしょう」
心の中で詫びながら、彼はそう慰めた。だが静はどこか祈るような口調で、
「先生……私は先生があの果てに行ってしまうのをお止めすることはできま
せん。けれども、いつかきっと、また戻ってきてほしい……それが私のささや
かな願いです」
と懇願するように言った。
「大丈夫です。きっと戻ってきますよ。約束したじゃありませんか」
彼は肩に回した手に少し力を込めて囁いた。きっと静は雄大な景色に飲み
込まれて、精神的紐帯を失って寂しさに襲われたのだろうと彼は理解した。
いや、理解しようとした。それが自分勝手な認識とも知らずに。
「それまでに先生のご本、全部読んでおきますから。何度でも……」
そこまで呟くと、ようやく静は落ち着きを取り戻したようであった。軽く息をつ
いて瞳を伏せると、どこか夢見心地な微笑を浮かべた。やがて視線をゆっ
くりと遠くへ移して、想いを解き放つように静は言葉を続けた。
「でも先生、今度は私が追いかけて行く番になりたいですね。あの空の果て
までだって……。今度お会いする時までにはすっかり元気になって、ただ待
つだけではなく、こちらから探しにゆけるように……」
「そりゃあもう。その時は是非自宅へ遊びに来て下さい」
「はい……」
静は願いを込めるように頷いた。そういう時が来るのだろうかと彼はふと思
った。いつか、完全に体調が回復してあの空の向こうの世界へも行けるよう
に……。それを夢想しながら、彼はそのイメージの中で静が本当の天使の
ように軽やかに宙へ舞う姿をまざまざと描きだせることに、自分の空想力の
貧困さを嘆く一方で、そう思わせる少女の幻想的な存在感にどこまでも左右
されている自分を再認識するのであった。

                                            (了)


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