田舎町には少し似つかわしくない品のある二人は、ゆっくりと通りを横切っていっ
た。その姿を見るともなく追っているうちに、コーヒーが運ばれてきた。どこか上の
空で口をつけ、その熱さに思わず驚く。意識が知らず知らず少女の影を求めてい
るらしいと気付いたのは、コーヒーを飲み終わって喫茶店を出てからのことであっ
た。何故だろうと湖面を眺めながら考えてみて、あの静という少女のどこか生活
感の欠如した印象が、自分が絶えず心の中で模索している、かくあるべしという
小説のヒロイン像に通じているからだと思えた。彼にとって作品とは、現実とは異
なる、それでいてもう一つの現実を形成するような小宇宙でなければならなかっ
た。そこに住む登場人物達もまた、実在の人物に似ていながらもどこか人の持
つ性質の一部分のみを抽出された、擬似的性格を有している者達であった。自
らが模索するテーマを描くのに、現実をそのまま切り取る必要はない。作品を書
くにあたって有用な要素を現実から抜き出し、再構築すれば良い。それが彼の
方法論であった。あまたの先輩作家とは多少異なる作品への接し方を、彼は求
めようとしていた。そうしてみれば、静という少女はまるで自分の作品世界から
抜け出してきたような女性と言えるのかもしれなかった。
「まあ病床生活が長ければ、そういう雰囲気が身に付くこともあるか……」
そう一人ごちてみて、はて本当にそれだけなのだろうかと彼は思った。あの少女
が気になるのは、単にそれだけのことなのだろうか。湖畔をとぼとぼと散策しな
がら考えてみたが、彼にははっきりとした理由が見出せなかった。
お盆近くともなれば、東北の短い夏を祝う夏祭りがそちこちで催されていた。こ
の町でも山裾にある神社の入り口に屋台が並んだ。日が暮れて空気が幾分涼
しくなりだすと、大人も子供も神社の明かり目指して集まった。彼もまた好奇心
につられて、祭りへ出かけていった。
大きな鳥居とそれに続く長い石段は、普段であれば厳かな雰囲気を醸し出す
のであろうが、今日ばかりは違った。賑やかな空気が神社全体を包み、華やか
な笑い声が溢れていた。その楽しげな様子に、彼も久しぶりに童心を揺り動か
された。つい屋台の一つ一つに見入ってしまう。そうして焼き鳥やらラムネやら
を両手にしていると、
「あら……先生じゃありませんか?」
ふいに声をかけられ、彼は顔を上げた。見ると、浴衣着の静がこれまた水飴を
片手に微笑んでいた。浴衣もブラウスと同じく白を基調としていて、清楚な雰囲
気に満ちていた。この少女には白のイメージがあるようだと彼は思った。
「静さん、お体の方は大丈夫なんですか?」
「ええ、今日は特別ですの」
そう言って向いた横には、昼間見た紳士が立っていた。
「父ですわ。今日は随分と勝手ばかり言ってしまって、ここまで連れてきてもらい
ましたの」
紹介されて、静の父はどこかぎこちなく笑った。娘に甘いところを見られたのが
恥ずかしかったのであろう。
「お父様、こちらがこの間お話した先生です。今新作を書いてらっしゃるそうです
の。書き上げたら見せていただく約束をしているんですよ」
「どうも……娘の我儘に付き合わせてしまって済みませんな」
静の父が照れくさそうに言った。
「いえいえ。ここで会ったのも何かの縁でしょうし、それ位でしたらどうということ
はないですから」
「まあ、我儘だなんて……」
静は甘えた声を上げた。それは今まで彼が見たことのない少女の一面であっ
た。 いつも落ち着いた物腰の静であったが、こうしてみると年相応の少女なの
だなと、彼はどことなくほっとしながらその光景に微笑した。
「これから一番の愛読者になるかもしれませんのに。ねぇ、先生」
「はは、それは光栄ですね。それでは是非とも作品を書き上げなくては」
「これ、あまり無理を言ってはいけないよ」
父親がたしなめたが、口調はあくまで優しかった。
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