彼女の満足そうな笑みにつられて、彼も思わず感嘆の声をもらした。
「もしかして、こういうの得意なのか?」
「得意ってほどでもないけど、小さい頃から好きだったから」
「ふぅん……」
彼は彼女の手首から吊された小さなビニール製の巾着を見つめた。その中で
は、二匹の金魚が狭苦しさを気にすることなく泳いでいた。
「一匹あげるね」
「いいよ。昔から生き物を飼って長続きしたためしがないんだ」
「餌あげるの忘れてしまうんでしょ」
「よく解るね」
「だってそういうの、ずぼらそうだもの。飼う以上はきちんと面倒見ないと。これ
は基本よ」
「ははは……何か今までは自分が食べることに精一杯で、そこまでは気が回ら
なかったような気がするよ」
「ふふ、自分の食事だってままならないじゃいの」
彼女はそう言って彼の前に回り込むと、おもむろに顔を覗き込んだ。浴衣姿の
彼女は、普段感じることのない新鮮な艶やかさがあった。内心どきりとして、彼
は少し顔を後ろへ引いた。
「いっつもコンビニの弁当ばかりで、部屋中に空の弁当箱が転がってるくせに。
も少しきちんとしたもの食べないと、仕事でも力が出ないんだから」
「はいはい。気をつけます」
「あたしがご飯作りに行く回数、もっと増やしたほうがいいのかしら?」
「い、いいよ。そこまでしてくれなくても。今だって充分助かってるんだから」
「ホントに?」
「ホントホント。だからこうしてお礼もかねて夏祭りに誘ったんじゃないか」
「それはどうも。じゃあ、この後の夕飯も奢りね」
「もとよりそのつもり」
「ありがと」
「ディナーの後のホテルもね」
「バカ!」
彼の軽口に、彼女は少し頬を赤らめてそっぽをむいた。が、その口調はあくま
で照れているだけだった。
 歩く度に鳴る下駄の音がゆったりとしたリズムを刻んでいた。夜店の並ぶ境
内を抜ける頃、河原の方で花火が始まるというアナウンスが流れた。
「あ、花火だって。行ってみましょ」
「え、だって夕飯……」
「いいじゃない、少し位遅くなったって。ね、見に行きましょうよ」
「あ、ああ……」
またも彼女のペースにつられながら、彼の手を取って少し先を行く彼女の横顔
に、彼はいつしか優しいまなざしを送っていた。互いに想いを口に出さぬまま、
いつしか友達以上の関係になっていた二人だったが、時折彼は彼女に対し素
直で暖かな愛しさを覚えるのであった。彼女にはいつまでも隣にいてほしい、
そんな願いが彼の中で時々顔を覗かせた。そう思うことのできる今の自分が、
彼にとってかつてない喜びになっていた。この生活がこのまま続くのなら、自分
の人生もそう悪くはないのかもしれない。
 暑かった日中の空気も消え、涼やかな風が二人を包んでいた。夏の盛り、
想いは季節のままに燃え上がっていた。
 
    列車は北へ北へと駆けていた。
 
 白い滑らかな指が、からげていた彼の腕からふと力を抜いていった。が、微
かな迷いを示すと彼女は再び腕を抱くように指先に力を込めた。
「キレイよねぇ……」
そう呟く彼女の視線は、宙へと注がれたままだった。
「ああ。郊外にこんな場所があるなんて知らなかったよ」
「案外広いでしょ、この街も」
「そうだな」
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