森林公園の紅葉は今が見頃だった。鮮やかな色彩に染め上げられた木々の葉
が遠くまで頭上を覆っていた。その微妙な色合いに見とれながら、二人はゆっくり
と散策を堪能していた。
 流れ去る日常の中で、彼は彼女からこの街の様々な顔を教えられた。季節によ
って変化する彼方の山々の彩りや、夕景に映える高層ビルの列、そして高台から
眺める夜景の美しさ……そのどれもが、今まで彼が気付こうとしなかった周囲の
新たな一面を見せてくれていた。毎日を何気なく過ごしていた彼にとって、それは
ささやかな感動の発見でもあった。
「君といると本当に毎日が新鮮だな。いつもこの街の知らなかった魅力を教えてく
れる」
「ありがと。でもそろそろネタ切れかな。あたしが知っている場所は殆ど案内してし
まったから」
「けど、これで季節が変わればまた違う景色が楽しめるさ」
「そうね……」
だが頷く彼女の表情には、どこか翳りがあった。彼はそれを見落としたまま、公園
の出口へ向かおうとした。
「ねぇ……」
ふわりと彼女の指が彼の腕から離れた。数歩進んでから立ち止まり、彼は振り返
った。そこには、僅かだが二人の間に距離があった。
「?」
「もう少しだけ、ここにいない?」
「いいけど……どうしたんだ?」
「ううん。ただ、何となくね……もうちょっとだけ一緒にいたいなぁって思ったの」
そう言う彼女の瞳には、何かに怯えているような不安の色があった。いつも元気
な彼女がふいに見せたその表情に、彼はたまらなく寂寥感を覚えた。とっさにそ
の肩を抱くと、彼は訊かずにはいられなかった。
「本当にどうしたんだ。何か変だぞ」
「うん……変、だよね、やっぱり。あたしにもよく解らないけど、何故か急に不安
になったの」
「センチメンタルってやつか?らしくないなぁ」
「そんなんじゃないのよ、ホントに……でも……」
彼女は本当に寂しそうに瞳を伏せた。かける言葉が見つからないまま、彼は肩
に回した手を持て余してしまった。
 沈黙を風のざわめきが埋めていった。木々が揺れながら幾枚かの葉を散らし
た。木の葉が舞い落ちるのをぼんやりと眺めながら、やがて彼女はぽつりと口を
開いた。
「あたしたち、これからもこのまま一緒よね……」
「当たり前じゃないか。何でそんなこと気にするんだよ」
「そうよね。ゴメン、今日のあたしどうかしてる……」
彼女がふっと微笑んだが、その笑みはやはりどこか力無かった。彼はそれ以上
その話題に触れるのを避けるように、
「さ、もう帰ろう。秋は日暮れが早いんだから」
と彼女を促した。少しぎこちないまま、彼女も歩き出した。
 確かなものが何もないのが不安なのだろうか、しばらく歩いてから彼はそんな
ことを思った。進歩も後退もないままの二人の関係に、このままそれを維持して
ゆく自信を失いかけているのかもしれない。将来を誓いあった訳でもなく、ただ
日常を重ねてゆくだけの生活に彼女が迷いを覚えているのだとしたら、それは
彼にも頷けることであった。けれども彼にとっては、この漠然とした関係に心地
よさを見出していたのも事実で、今更愛の言葉を囁くのもどこか不自然に感じら
れるのだった。
 今、二人の想いは少しずつ、だが確実にズレを生じさせ始めていた。それが
知らぬ間に広がってゆくことに気付かないまま……。戸惑いの色を増しながら、
秋は深まっていった。
 
    列車は北へ北へと駆けていた。
 
 白い滑らかな指が、しっかりと前で握られたまま微かな震えを見せていた。そ
れは彼女の迷いと苦悶を示すのに充分なほど、小さくわなないていた。
 この数週間、彼女があの輝いた笑顔を見せることはなかった。代わりに身に
纏っているのは、この冬の重苦しい空のような雰囲気だった。その理由に気付
きながらも、彼はわざと忘れたふりをし続けていたが、もうそれも限界のようだ。
一度擦れ違った心は元に戻ることのないまま、その距離を開くだけであった。

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