「好きって言えなかったんでしょ、その人に」
核心を突いたその言葉に、史郎は跳ね上がりそうになる身体を押さえるのが
精一杯だった。
「……!そんなんじゃないよ。単なる同級生さ」
「嘘よぉ〜。顔真っ赤だもの」
指摘されて、史郎は慌ててそっぽを向いた。やぐらの明かりがあるとは言え、
この暗がりの中で悟られるはずはなかった。鎌を掛けられたと気付いたが、
後の祭りだった。
「図星〜っ。あたしってそーいうのよく分かるのよね。うんうん、儚い青春だっ
たのねぇ」
見抜いたとばかりに、藤里は満足そうに大きく笑みを作った。
「バカ言ってんじゃないの」
投げやり気味に吐き捨てて、史郎はベンチから立ち上がった。これ以上から
かわれるのは御免だと少女から距離を置こうとしたが、その背中に藤里の言
葉が届いた。
「分かるよ……だって、あたしも同じだったから」
その声はひどく悲しげに夜の空気に流れた。
祭りの後の寂しさが胸に溢れていた。吹く風にもどこか切なさが滲んでいる
ようで、史郎も藤里も自然と無口になってしまった。
街灯の乏しい帰り道。点在する家々の明かりがやけに暖かく見えた。時折
聞こえる虫の音が余計あたりの静寂を際だたせていて、半袖から伸びた腕
が妙に寒々しく感じられた。
黒々とした闇に塗り込められた道が続くその果て、見上げた先には一面星
が広がっていた。それはまさしく満天の星空という形容そのものだった。史郎
は思わず見とれて足を止めた。じゃりっという足音に、藤里も気付いて振り返
り、すぐ同じように頭上を仰いだ。
「俺達の街じゃここまで星は見えないよなぁ」
「うん。あたし、夜空にこんなに星があるなんて知らなかった」
藤里はただ陶然として星々の瞬きに見入っていた。
沈黙が流れてゆく。しばらく無言で空を眺めていた藤里だったが、やがて、
「今日は今まであたしが知らなかった世界に触れたような気がする」
ぽつりとそう呟いた。
「でも、きっとこれもほんの一部なんだよね。世界ってもっともっと広くて、その
全部を知ることなんてできなくて……なんかさ、そう考えると勉強だけじゃ分か
らないことっていっぱいあるよね」
「そうかもな」
「こんな星空に出会えただけでも、あたしここに来て良かったって思う。何より、
こんなゆったりとした気持ちになれたのは初めてかもしれない」
少女はふいに背中を向けると、しばし瞑目した。何かを迷うような、決意する
ような、感情の揺れがかすかに睫を震わせる。史郎が声をかけるのをためら
っていると、藤里はひどく穏やかに声を発した。
「小川さん、聞いてくれる?」
「ああ」
「あたしね、好きな人がいたの。でもずっと打ち明けられないままだった。そん
な勇気もなかったし、自分に自信も持てなかったし。そのうちに彼、転校しちゃ
ったの、一学期の終わりに。あたし、彼のことなんとか諦めようとしたんだけど、
どうしても諦められなくて……それでね、彼の引っ越し先のこの町まで追いか
けてきちゃった。それが、ここへ来たホントの理由」
少女の口調はあくまで静かだった。史郎は彼女の語るままにまかせた。
「色々もっともらしい家出の理由言ったけど、あれは嘘。ううん、全部が嘘って
訳じゃないけど、一番の理由は違ってたの。ごめんね、今まで隠してて」
「いや、いいよ」
「でも、ここまで来る勇気はあっても、やっぱり彼に迷惑がかかるんじゃないか
って思って、すぐに会いに行くことはできなかった。何度も何度も迷って、この
まま帰ってしまおうとさえ考えて……それで昨日ようやく決心がついて、彼に会
って告白したの……」
結果は聞くまでもなかった。沈痛に満ちたその声が全てを物語っていた。
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