おとなしく旅館で少女の帰りを待ったほうが賢明だと、史郎はきびすを返した。
浜辺に沿って道を北上すると、次第に海岸線は砂浜が切れて岩が目立ち始め
た。更にその先には護岸用ブロックがごろごろと横たわり、突堤が一本海へと
突き出ていた。
深い青を背にホイップクリームみたいな白い入道雲がうずたかく湧き上がっ
ているのを眺めながら、史郎は何となくその突堤へと足を向けた。釣り人達が
銘々に釣り糸を垂らし悠然としている中、その先端に一人の少女らしき影があ
ることに気がつく。さっきまでのはしゃいでいた少女達とは対照的に、しゃがみ
込んで海を見つめているらしいその後ろ姿は、ひどく物憂げに映った。それが
史郎には不思議と気になった。
近づくにつれて、少女の姿が明瞭になった。斜め後ろからではあったが、そ
の容姿は藤里和美ではないかと思えた。確信はない。けれども、その身にまと
っている雰囲気や潮風になびく髪のたおやかさは、写真の中で笑う少女と同
一に感じられた。同時に、自分がかつて恋い焦がれた藤里和美にも似ている
ような気がした。いや、史郎がかく在るべしと抱く“藤里和美”のイメージに酷似
していると言うべきか。たとえ幻想であろうと、かつての、そして現在の藤里和
美もそうであってほしいと願う姿、まさにそれであった。
史郎は意を決し、まるで告白でもするかのような胸の高鳴りを覚えながら、そ
の少女に歩み寄った。
三
「藤里……和美さん?」
史郎は静かに声をかけた。ジーンズのミニスカートにシンプルなデザインを胸
にあしらった白Tシャツの地味な少女は、頭だけ動かして振りかえった。肩まで
伸びた髪がふわりと舞い降りる間に、史郎は少女が藤里和美本人であること
を確認した。利発そうな瞳がまじまじと史郎をとらえる。
「オジさん、誰?」
けれども、その唇から発した第一声に史郎はひどく拍子抜けした。それまでの
憧憬にも似た幻想が弾けて、一気に現実へと引き戻された気分だった。
「オジさんとはひどいな。俺はこれでもまだ二十五だぞ」
そう反論せずにはいられなかった。だが、当の藤里はしごく平然と、
「十七から見れば、二十五歳は充分にオジさんよ」
と言い返した。史郎はますます呆れ顔になってしまった。少女は色白の膝を抱
えたまま、冷たい声で問い返した。
「で、何の用ですか?」
「俺は小川史郎という探偵だ。君のお母さんに頼まれて捜しに来た」
「そう……」
その瞬間、藤里は少しだけ寂しそうに瞳を伏せた。またも海のほうを向いてし
まう。
「やっぱり自分で捜しに来るはずないよね」
「それを期待してたのか?」
「別に。そういう訳じゃないけど」
それきり少女は黙ってしまった。たちまち波の音が周囲を圧迫する。小さく丸
まったその背中に、史郎はずっと尋ねてみたかった疑問をぶつけた。
「一つ訊いていいかな」
「家出の理由のこと?」
「ああ」
藤里の勘の良さに史郎は内心息を飲んだ。なるほど利発な少女だと思う。
「あたしも良く分からないの。ただ何となくってカンジかな。……うん、何となく、
今の自分がイヤになったの」
戸惑いがちに、藤里はそう答えた。後ろ向きのその姿からは表情は窺えなか
った。
「そうか……ま、そういう感覚ってのは高校生くらいの時にはよくあるものさ」
「嘘!」
史郎の呑気そうな同意に、少女は語気を荒げながらも再度振り向いてくれた。
あたしのこと、いかにも分かっているという言い方をしないで、と。
「本当さ。不良している連中だって多かれ少なかれ大体そんなものじゃないの
かな。自分自身が見えない。だからイライラする。幸せそうな周りの人間がム
カつく。それでつい悪ぶってしまう、そんなところだと思うよ」
「あたしも、同じだって言うの?」
もどる すすむ