小さな街とはいえ、その全部を調べるとなると一人の身には余った。どこにい
るとも知れない少女を求めて、アザスは曖昧な予感だけを頼りに駆け回った。
「……違う、ここじゃない」
扉が開いていた一軒の家を覗いて、そこに探していた影のないことに落胆する。
そしてすぐにまた陽射しの下に舞い戻ると、身体中に汗を浮かべながら周囲に
視線を走らせた。
「どこだ……どこにいる?」
足を動かすにつれて民家の列が途切れ、工場とおぼしき建物の壁が目立つよ
うになった。街の中心に位置するこの建築物はかなりの大きさを有していた。
「まさか……」
ここへ入ったのか?そんな疑問が浮かんだ。理由はない。もちろんひとたび中
の探索を開始すれば、かなりの時間を要する。全くの無駄骨かもしれないし、
本当に燐香に危険が迫っているとすれば間に合わないかもしれない。それでも、
アザスは自分の勘に賭けてみようと思った。
 崩れた壁の一部から侵入すると、室内に明かりはなく相当に暗かった。ところ
どころから差し込む外からの光を頼りに、アザスは用途不明な機械の並ぶ気味
の悪い部屋を進んだ。横目で流して見た限りでは何かの生産ラインであるとは
想像できたが、製造物までは見当がつかなかった。
 広い空間もやがては行き止まりに辿り着く。部屋の隅まで来て、更にその奥
へ続く暗闇へ足を踏み入れるべきか彼は一瞬ためらった。
「………」
何が潜んでいるか分からない恐怖があったが、アザスは意を決して一層暗い部
屋へと向かった。目が慣れてくるにつれて、周囲の状況が朧気ながら判明して
くる。さっきまでの生産ラインとは別目的の場所のようだった。妙にがらんとした
空間の、そのずっと先に何か黒い塊が山積しているのが見てとれた。無秩序に、
まるでうち捨てられたゴミの山のようなその集積物の手前にぽつんと小さく、目
指すべき少女の姿があった。
「燐香……」
座り込んではいるものの、とりあえずその外見に異常がないことを確認してアザ
スは安堵の溜め息をついた。何故自分はこんなにもほっとしているのか、その
理由を考えることもないまま彼は少女に近付こうとした。
「あ……」
だが、振り向いた燐香はひどく怯えた表情をしていた。外敵に襲われた様子も
ないのにどうして?と思ったアザスの足は、けれども次の瞬間その原因を知っ
てはたと止まった。
「これは……!」
それまでただ廃棄物の山と考えていた前方の巨大な塊は、近寄るにつれてその
細部が明瞭となり、今ではそれが何なのかはっきり確認できるようになっていた。
不規則に積み重ねられた、人の形を模した物言わぬ存在の集合。それは圧倒
的な沈黙をもって、二人の前に無常な現実を晒していた。
「ここは……アンドロイドの墓場だ」

 一言の会話もないまま、アザスは燐香を半ば無理矢理引き立たせてその廃工
場を後にした。工場の壁が視界から消えるほど離れてから、街のはずれの小さ
な民家に二人は滑り込んだ。埃まみれの居間に入ると、燐香は力なく座り込んで
しまった。すらりと細い魅惑的な手足も、今は小さく縮こまって少女の身体を守る
ように折り曲げられていた。怯えるように膝を抱えて身じろぎもしない少女の姿に、
彼は何も言葉をかけられない自分を痛いほど実感した。
 やはりあの光景がショックだったのだろう、ということは想像できた。だがそれ
がどのように彼女の心を圧迫しているのかが推測できなかった。さいぜんまでい
た工場は恐らくアンドロイドの生産プラントだったのだろう。それが何らかの理由
で停止し、生産途中だったアンドロイドたちは半ば廃棄されるようにあの場所に
捨てられていた。まるで累々たる屍のごとく。機械の身であるアンドロイドと言え
ども永遠の生命を持っている訳ではない、そのことに気付いて燐香は絶望した
のだろうか。彼女に感情というものがあるとしたら、の話だが。機械である以上、
例えそれがどれだけ人間的であったとしても所詮プログラムされた域を出るもの
ではないはずである。だからこそ、少女の落ち込みようが分からないのだ。

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