どこまでも他人という存在。出会って間もないアザスには、そこに干渉する必
然性などあるはずもない。けれどもそう片付けて一人無関心を決め込むことに
対して、何故かためらいが彼にはあった。たとえ、少女に救いの手を差し延べ
ることが叶わないとしても。
 どうにも自分がこうしていることが無意味に思えて、アザスは腰を浮かせた。
その動きに、燐香は少しだけ伏せていた瞳を動かした。
「あ……」
思うように思考が働かず、アザスは口を開けたまま少女を見つめた。虚ろがち
な燐香の目と一瞬交錯する。それに耐えられず視線を宙へ彷徨わせたあげく、
出てきたのはわざとらしい言い訳だった。
「水が出てくるか調べてくる」
僅かに少女は頷いたようだった。それで幾分安堵し、彼は居間から続く奥の暗
がりへと足を向けた。
 だがそこでアザスはあることに気がついた。年数を経てかなりの埃が積もっ
ているこの家の床に、妙に新しい足跡があることを。とっさに警戒心が目を覚
ました。最近忘れていた野生の感覚を全身に蘇らせ、筋肉に力を込める。そ
の時、背後でぴくりと燐香が反応した。
「なにかいる……」
呟くように口にし、彼女もそっと立ち上がった。
「微かだけど、呼吸音が……」
つまり何らかの生物がいるということか、少女の言葉に彼はそう理解した。
 気配と足音を殺し、足跡を追う。隣はキッチンになっていた。そこから更に廊
下が伸びていて、幾つか部屋があるようだった。建物の崩れ度合いは少なく、
太陽光は殆ど入ってこなかった。緊張でアザスの身体に汗がじわりと浮かぶ。
通気の悪い空気に不快感を煽られ、思わず咳き込みそうになるのを彼は懸命
に押さえた。薄暗い廊下を二人寄り添うようにそろそろと進むと、一番奥の部
屋から確かに何かが弱々しい息を吐き出しているのが聞き取れた。
 ……いる。そう確信してアザスは攻撃姿勢をとった。けれども、勢いこんで部
屋へ飛び込もうとするその腕を燐香が掴んだ。
「待って……これは……」
そのまま先行するように、少女は躊躇いもなく部屋へ入った。無謀な、と思った
アザスはとっさに庇おうと彼女の前に立った。
「……!」
だがその必要が全くないことに彼は気付かされることとなった。寝室とおぼしき
そこには、老人と見える亜人種の男が一人、薄目のまま力尽きたようにベット
の上に横たわっていた。窓から差し込む明かりで判断する限りでは、身体に外
傷はなかった。かつては真っ白だったであろう背中の羽は灰色に汚れ、艶も張
りも失ってだらしなく広がっていた。飢えか老衰か、と思えた。
「誰……じゃな?」
呻くように、小さく老人が声を発した。皺に埋もれた半眼の瞳が宙を見据えたま
まのところを見ると、視力は殆ど失われているようだった。そこまで確認し、よう
やくアザスは警戒を解いた。
「単なる通りすがりだ」
アザスが淡々と言う。亜人種は不必要な干渉を好まない。それを知っているか
らこその反応だった。
「ふむ」
少し苦しげに、老人は頷いた。
「ねぇ、どこが悪いの?」
だが燐香は違った。悲しげな表情を浮かべてベットの横に屈み込む。
「なに、寿命じゃ……」
あくまで抑揚なく、老人はそう言った。
「でも……どこか辛そう」
「そんなことはない……変わった子じゃな」
たった今会ったばかりの少女が何故か心配そうな様子で訊いてくるので、老人
としても不思議だったのだろう。捕捉するようにアザスが説明した。
「済まないな。アンドロイドなんだ」
「なるほどな……」
しかし燐香はその言葉に納得いかないようだった。彼の方へ振り向くとまなじり
を上げて反論する。
「済まないって何よ。おじいさんがこうして寝込んでいるんだよ。気にするのが普
通でしょ」
「そうでもないさ。俺たち亜人種の間ではな」

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