「そんな……」
信じられない、というように燐香は首を振った。
「かわいそうって思わないの?」
「同情なら不要だ」
「なんでそんなにはっきり言えるのよ!」
「亜人種には亜人種のルールある。それも知らないで余計な口出しをするのは
軽率だ」
「アザスが冷たいだけじゃないの?」
口論になりそうな二人を、老人が掠れた声で制止した。
「その若者の言う通りじゃよ、アンドロイドのお嬢ちゃん。儂はただ静かに死にた
いんじゃ。できればそっとしておいてくれんか」
「ちょっ……だって……」
想いを言葉にできないもどかしさを身振りで示しながら、それでも燐香は老人の
説得を試みようとした。
「だって……一人で死ぬなんて、寂しいよ」
「そうでもないさ。もとから一人で生きてきたんじゃ。むしろこの歳になるまで生き
長らえたことを幸運に思わんとな」
もとより亜人種の寿命は短い。これだけ老化するほど生きているのは稀なことで
あった。それだけに老人の言い様はアザスにしてみればしごく分かりやすいもの
だった。けれども、燐香にはそれがどうにも納得できないらしい。種(しゅ)の違い
か、と彼は内心嘆息した。
「そんな……そんなのって……」
肩を震わせながら、少女は落胆したようにうなだれた。
「だからお嬢ちゃんや、お願いだから一人にしておくれ……」
「………」
燐香は無言で頷いた。だがすぐに、
「あ、ちょっとだけ待ってて」
と声をかけるや廊下へと消えていった。ややあって、少女はキッチンで見つけた
らしいコップに水を汲んで戻ってきた。それをベットの脇の小さなワゴンに置く。
「お水、ここに置いておくね。それとこれ、お腹すいたら食べて」
そう付け加えて差し出したのは、さきほどアザスが手に入れた缶詰だった。居間
に放置してきた袋から勝手に持ってきたのだろう。缶詰のことは一言も話してい
なかったのに、よくも見付けたものだと少しだけ驚く。既に開封し、これもどこから
か見つけてきたらしい小皿に綺麗に盛ってあった。その傍にはご丁寧に簡易フォ
ークまで用意していた。恐らく老人にはそれに手を伸ばす気力すらあるまい、そう
アザスは思ったがあえて口にはしなかった。たとえそれが少女の自己満足に終わ
る結果になったとしても、その行動は理屈だけで割り切れるものではないのでは
ないか、どこかでそんな気がしていた。
「……ありがとう」
老人はそれだけ言った。名残惜しげな表情を残しながら、それでもようやく燐香
は側を離れる決意を見せた。
「じゃあな」
アザスは変わらず淡々と別れを告げると、少女の背中を押すようにしてその家を
後にした。
「勝手に御飯あげちゃって、ごめん……」
しばらく炎天下の路上を歩いてから、ぽつりと燐香はそう呟いた。
「構わないさ」
アザスもまた、言葉少なにそう答えた。
五
「……あたし、分からなくなっちゃった」
無言のまま一夜が過ぎて、翌朝、旅を再開し力無い歩みを続ける中、それまで
沈黙を保っていた燐香がぽつりと口を開いた。昨夜遅くに降った雨が路面のあ
ちこちに水溜まりを残していて、朝の光がそれに反射して妙に眩しかった。
「何が?」
きらきらと視界に入っては消える水溜まりの輝きに目を細めながら、互いに顔を
合わせないままアザスが訊き返した。
「今まで一人で死ぬのってとても寂しくて悲しいことだと思ってた。なのに、あのお
じいさんは一人でいいって言うんだもの。本当に、それで幸せなのかな……」
「幸せ?」
普段殆ど耳にしない単語に、アザスは少しだけ視線を少女へ投げた。
「まるきり人間的発想だな、それは」
もどる すすむ