相も変わらず淡々とした返答で彼は己の哲学を披露した。
「動物にとって孤独に命を終えるのは別に不自然じゃない。医学の発達で自ら
の生を長らえていた人間たちはともかく、死なんてものはこの世界にとってあり
ふれた、どこにだって転がっているものだ。例えば次の瞬間、突発的事態によ
って俺がいきなり死ぬことになっても珍しくはないさ。それが幸せかどうかは、
正直問題ではないだろう」
「そうかもしれないけど……けどさ……」
昨日から燐香の瞳は伏せられがちだった。
「あたしはこんな身体だから、今まで自分にとって死なんてあまり関係ないんじ
ゃないかって思ってたし、それが逆に恨めしい気もしてたけど……あんなのを
見た後だけにね、自分にも必ず機能が停止する日が来る、それが他の生命
にとって死と同じことだって考えた時、なんだかとても怖くなったの」
少女の言う『あんなの』とは、廃工場で見たアンドロイド達の屍を指すのだろう。
「それで、やっぱり誰にも知られず一人で逝くのはイヤだなって……でも、あの
おじいさんは違ってた。だから混乱したの」
「それは人間的思考を立脚点にしているからだろう。燐香が人間に近いところ
で生活していた、あるいは思考パターンを学習していたという証拠だな。けど、
人にとっての価値観がこの惑星上において絶対ということはありえない。悪く言
えばヒューマニズムというのは人間の都合に基づくエゴにすぎないだろうし、そ
れを他の生命が甘受する義務もない」
根本的思想が違うのだから、互いの溝が埋まることなどありえない。それを知
りつつアザスは言葉を重ねた。今はそれしかできないから、という理由で。
「また難しいこと言ってる。アザスのそういうとこ、嫌いだな。でも、亜人種だっ
て元は人間たちと一緒に暮らしていたんでしょう?なのに、どうしてそんなに考
え方が違うのかな」
「俺たちは人間によって作り出された、言わば生命の変種だ。人間の言語や
思考形態を模倣しながらも、どこかで自分の存在そのものに対するコンプレッ
クスがあるのかもしれない。と同時に、確かに亜人種は人間とは違う生き物だ
ということだろう。より自然に寄り添う形で在り続けているから、考え方も動植
物のそれに近くなっているんだろうな。少々いびつではあるけどね」
「……なんだかよく分かんないなぁ」
燐香は首を傾げるばかりだった。
「それで、あたしの考えは間違っているの?」
「どちらが正しい、ということはないさ。個人としてその思想を持ち続けるという
点に於いては。ただ、それを他者に強要しようとすれば、その時点でそれは偽
善になる。要するに、亜人種には亜人種のルールがあって、それを踏み越え
なければ問題ないということだ」
「そっか……おせっかいだったんだ、おじいさんにしたこと」
燐香があまりにもやりきれない表情をしているので、アザスは少しだけその曇
りを取り払いたい衝動にかられた。
「そうでもないんじゃないのか。あの老人は最後に『ありがとう』と言ったんだ。
たとえ形だけのお礼であったとしても」
「……うん」
僅かに少女の顔が上を向いた。
「ありがとう、か……いい言葉だよね」
希望に縋るように呟くその声に、アザスは共感はできないまでも肯定を示した。
「燐香がそう思うなら、きっとそうなんだろう」

 中空高く太陽が昇った頃、予感もなくそれは訪れた。気がついた時には包囲
されていた。回避はもう、不可能だった。
「しまったな……」
アザスは一人舌打ちした。その様子に、遅れて燐香が反応する。
「どうしたの?」
その動作が合図となったように、突如横合いから二人めがけて何かが飛び出し
てきた。
「!」
反射的にアザスは腕を払って反撃した。瞬間的な衝突と対峙。彼の攻撃をよけ
て目の前に立ちはだかったのは、低い唸りを続ける野犬だった。
「……犬?」

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