「あたしのはね……特殊なの。たぶん、もうこの世界には残っていないと思う…
…」
「だって、アンドロイドだろ。他にもまだ稼働しているものはいるし、その燃料なら
共通じゃないのか?そうだ、この間の廃棄されていた製造工場に行けばまだ未
使用のものがあるかもしれない」
「ううん……あたし、汎用型じゃないから……」
アザスの論理的推測を、だが燐香はあっけなく否定した。
「汎用型じゃない?……どういうことだ?」
「あたし……元々は人間だったの」
「!!」
それは彼の想像を大きく上回る言葉だった。意味を掴みかねて、思わず鸚鵡返
しに問いかける。
「人間……だった?」
「うん……ごく普通の……どこにでもいる女の子……。でもある日事故に遭って、
もう助かりそうもないからって……この身体に意識だけ移された、みたい……」
自分のことなのに少女の答えはどこか曖昧だった。
「気がついた時にはもうアンドロイドになっていて、周りには誰も残っていなくて…
…あれから何年たったのかも分からなくて……だから、人間がこの世界からどう
していなくなったのか、どうしてあたしだけ一人時間の彼方に取り残されたのか、
全然……」
悲しく消え入りそうな少女の声がそこで途切れた。意識を移し換える途中で何か
が起こり、少女の目覚めが遅れたということなのだろうか。その原因がもし人間
がこの世界から消えたことと関連があるのだとすれば……そこまで考えて、アザ
スは思考を止めた。確たるものがない以上、全ては推論の域を出るものではな
い。何より今は燐香を助けることが最優先だった。
「そうか……だが、たとえそのボディがオーダーメイドであったにせよ、基本設計
は同じはずだ」
「そうでもないみたい……人としての意識を保存する為に、色々と本来のアンド
ロイドにはないものを組み込んであるみたいだし……あたし、試作タイプだった
のかも」
「………」
そこまで言われて、アザスは反論の余地を失った。
「あたしが目覚めた工場には予備の燃料電池が幾つか残っていたけど、それも
もう使い果たしちゃったし……今身体に組み込んであるのが最後……だからね、
ホントは……」
燐香は困っているような苦笑いを浮かべて、言葉を続けた。
「ほら、以前アザスが訊いたじゃない。あたしが南へ行く理由……」
「ああ」
「ホントはね、この先に家があるの……あたしが住んでいた家……最期に、そこ
を一目見ておきたくて……」
「そうか……」
「ごめんね……ずっと隠していて……」
「別に謝ることじゃないさ」
「ううん……他にも沢山、あたし……だから、ごめん……」
今までの少女の言動には、身の上を隠しているが故に幾つもの嘘が含まれてい
たということなのだろう。けれどもそれはお互い様だった。彼自身、旅の目的を少
女には説明していないし、自分の過去を語ることもなかった。もっとも南へ向かう
という目的自体、彼にとっても漠然としたものでしかなかったのだが。
「でも……家に帰るのは、もう無理そうだね……」
少女の瞳が閉じかかる。その瞬間、アザスは無意識のうちにあることを決意して
いた。さも当たり前のように、それを告げる。
「俺が連れていく」
「え……?」
思いがけない一言に、燐香の唇がぴくりと動いた。
「まだ完全にエネルギーが無くなった訳じゃないんだろ。だったらスリープモードと
か何とか、よく知らないがとにかく消費を最小限にして眠っていろ。俺が燐香の家
まで運んでやる」
「そんな……どうしたの、急に優しく……いいよ、そんなの」
「よくない。いいな、お前はとにかくじっとしてエネルギーを消耗しないようにするん
だ」
突然の提案に、燐香は戸惑いを隠せない様子だった。珍しく遠慮を見せる。それ
でも構わず、アザスは少女を抱えると背中におぶった。背負うには翼が邪魔だっ
たが、両翼の間に少女の身体を挟むような格好でなんとか姿勢を維持した。
「どうして……そんなことを……」
背に触れる柔らかな感触を通して、少女の絶え入りそうな声が響いた。
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