「やっぱり変わってるね、あなた。黒翼属って、みんなそんな感じなの?」
シャツの背中からこぼれるように彼の背中に見え隠れする黒い翼に、少女は
そう尋ねた。亜人種はその外見的特徴から多種に分類されている。彼のよう
に飛べないながらも翼を持つ種族は、その色から黒翼属や白翼属と呼ばれ
ていた。
「いや、俺だけだろう。特に、人の文化を調べようとする変わり者はね」
「文化に興味があるの?」
「ああ」
彼が問いに肯定すると、少女はとん、とホームからレールの上に舞い降りた。
開いた日傘もそのままに、彼の顔を覗き込む。
「ホント、不思議なの。面白いね」
「面白がられてもな……」
ちょっと不満そうに眉を上げて、彼は顔をそむけた。
「ね、どこ行くの?」
「え?……南、だな」
曖昧な答え。それでも少女の目が輝いた。
「あたしも同じ方角なの。ね、一緒に行こう」
彼の反応を待たずに、少女はその手を引いて歩き出した。
「お、おい……」
それでも彼はそのしなやかな指を離すことはしなかった。
「あ〜、あたしの名前は燐香(りんか)よ」
「ん……俺はアザスだ」

 昼を過ぎた陽射しは容赦なく地上を焼いた。くたびれた靴の裏から素足へ、
じりじりと熱が伝わってくる。その感触に少し苛立ちながらも、アザスが歩みを
止めることはなかった。
「でも不思議よね」
唐突に切り出した燐香の言葉に、アザスは俯きかけていた顔を上げた。
「何が?」
「だって人間はもういないのに、あたしたちはこうして言葉を交わしているもの」
彼女の疑問はもっともだ、とアザスは予め用意していたように即答した。
「言葉というのがコミニュケーションする上で便利な手段だからだろう。でなけれ
ば亜人種の俺とアンドロイドの君がこうしてスムーズに意思伝達をするなんてこ
とは無理だろうからな。もっとも、お互い人間によって作り出された身だ。教えら
れたものが共通していると言えばそれまでだが」
「あ、なるほどね」
特に感心した様子もなく燐香は頷いた。
「人間達の遺物を使うことは、後からこの地上に生まれたものにとってはある意
味当然の特権と言えるかもしれない。有用なものが残っていくというのは自然の
理なのだから。例えば時間という概念だって、今となっては気にする必要もない
ものだが我々は当たり前のように持ち合わせている。それは何故かと言えば、
やはり日々の移ろいを秩序立てて把握するのに適しているからで……あ?」
少女が渋い顔をしてこちらを凝視しているのに気付いて、アザスは内心しまった
と思った。
「アザスって難しい言い回しするよね。やっぱり人間の文化を調べているから?」
出会って間もない相手なのに饒舌すぎたとアザスは後悔したが、燐香の不満は
別のところにあるようだった。
「たぶん違うと思う。話すことが苦手なんだろう」
「苦手?どこが?」 
アザスの言い訳に燐香が目を丸くした。
「苦手だからこそ、言葉に言葉を重ねてしまうのさ」
「ふぅん……よく分かんないな。でも、アザスが面白いってことだけは分かったよ」
そう結論付ける燐香のほうこそ面白い、とアザスは感じた。この少女の感性は彼
の理解を超えていた。およそ機械的な論理性とは無縁の言動に、彼女が本当に
アンドロイドなのか疑わしくなってくる。
「君は一体……」
「君なんて言い方はダメ。あたしは燐香よ」
「ああ、済まない」

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