「ああ」
「火、消そうか?」
「どちらでも構わないよ」
早くも眠気が降りてきて、彼はちょっと面倒そうに答えた。
「なら、もう少しつけてるね。だって……」
沈むような眠りの中にたゆたい始めたアザスには、その後続けた少女の言葉
に疑問を抱くほど明瞭な思考はもうなかった。
「なんか暖かいよ、心がね……」
二
朝から早くも気温が上昇していた。少し遅めの朝食を済ませて再び歩き出し
たアザスは、汗でシャツが貼り付く感触に眉をしかめた。気休めに服を指でつ
まんで肌に風を送ってみるが、効果はなかった。燐香がお気に入りの日傘を
差し出してくれたが、それを掲げてもなお、暑さが和らぐことなかった。
遠く山の彼方に沸き立つ雲の固まりを見やって、アザスはその遙かな距離
が少し恨めしくなった。
「恵みの雨は期待できないか……」
「んー、雨降ってほしいの?」
彼の少し前を進む燐香が、その呟きを聞きつけて振り返った。
「いや、ただ暑いから涼しくなればと思ってね。アンドロイドの燐香が羨ましい
よ」
「そうかな?あたしは、いろんなことを感じられるアザスの方がいいと思うけど」
「そういうものか?」
「うん」
たとえ機械であっても、思考し、感情と呼べるものを持ち合わせている以上、
その感想は理解できるものがあった。愚痴とはいえ軽率だったかもしれない
と、自分の言葉が改めて気になりだす。
その様子を知ってか知らずか、ふいに燐香は何かを見付けて走り出した。
子供のような無邪気さで跳ねるように駆けてゆく。
「ん?」
その後ろを自分のペースを保ったままゆくと、燐香は錆び付いた小さな蛇口
の前で屈んでいた。
「これ、涼しいんじゃない?」
その意味するものに気付いて、アザスは彼女の優しさに頭が下がる想いだっ
た。
「ありがとう」
素直に、そう口にしてみる。燐香は何が?という顔で彼を見上げていた。
蛇口の取っ手はすっかり固くなっていて、捻るのに一苦労だった。それでも
やっとのことで取っ手が回ると、そこから期待していた涼しさは溢れ出なかっ
た。
「枯れているようだ」
「そう……」
燐香は残念そうに俯いた。
「なに、この先まだあるかもしれないさ」
慰めるようにアザスが言うと、少女は小さく頷いてからまたいつもの笑顔を見
せた。
「そうだね。次探そ、次!」
違うな、とアザスは内心思った。慰められているのは自分の方だ。彼女の明
るさは、一人で旅していた時には決して手に入れられなかった『何か』だと感
じられた。それが何なのか、再び歩き出しながら彼は哲学の命題を解くような
心持ちで思索し続けた。
酷暑と呼べる気温と喉の乾きに、アザスたちは午後の行軍を断念した。街
道沿いにぽつぽつと民家の名残らしき残骸を見付けると、日陰へ退避するよ
うに潜り込む。半分以上屋根が崩れ落ちていたが、それでも陽射しから逃れ
ることはできた。
「ふぅーっ」
とりあえず腰を下ろすと、アザスは大きく息を吐いた。身体中に後から後から
汗が湧いてくる。
「はい」
そこへぱさりとタオルが頭上から降ってきた。驚いてアザスがそれを撥ね避け
ようとすると、少女が不満の声を上げた。
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