「あーっ、せっかく見つけたんだよ」
「え?ああ……」
その言葉で、ようやく燐香が彼の為にタオルを探してくれたのだと分かった。
「ありがとう」
汗を拭いながら礼を述べると、少女は満足そうに頷き、
「水が出るか調べてくるね」
と家の奥へ消えていった。彼は改めてタオルを見つめ、よくこんな綺麗な状態
のものを見つけたものだと感心した。
ふいに訪れた静寂。澱んだ空気の中にも静謐な流れが通っているような、涼
やかな錯覚。暑さは変わらないはずなのに、確かにさいぜんまでの苛立つよう
な熱気は失せていた。汗を吸って重たくなったタオルを手の中で弄びつつ、ア
ザスはふとこの清涼感をもたらしてくれたのは燐香ではないかと思った。
「心に涼しさを与えてくれる存在……?」
そんな発想が口をついて出た。
「ふーん、詩人なんだ?」
だがそんな彼の思考は、当の少女によって遮られた。気配に気付かなかった
アザスは当惑気味に身体を揺らした。
「な、何?」
「それはこっちのセリフ。何か一人で呟いてるんだもの」
「いや、別にたいした意味はないさ。そう、無意味な言葉の羅列だよ」
「またそうやって難しい言い方をする……。あ、水出るよ」
「そりゃあ助かる。喉が乾いて仕方なかったんだ」
話題を打ち切るようにアザスは立ち上がった。
「ついでに身体を洗ってもいいかな」
「ご自由に」
彼女の返事にタオルを振って、今度はアザスが家の奥へと向かった。
密封パックの保存食で食事を済ませ、あとはもう眠るだけという頃になって、
好奇心のままに家を探索していた燐香が何かを見付けて小さな声を上げた。
「あ……」
「どうした?」
横になろうと身体を傾きかけていたアザスは、いつにない少女の声に顔を向
けた。
「うん……こんなのがあったよ」
そう答えて燐香が持ってきたのは、すっかり古ぼけて角が欠けてしまっている
一冊のアルバムだった。表紙は変色し、ページも貼り付いているかに見えた
が、それでも少女は大事そうに抱えて彼の横に座った。
「写真なんか残ってないんじゃないのか?第一、残ってたとしても見も知らぬ
人間の写真なんて……」
「それでもいいの」
彼特有の冷静すぎる指摘に怒るそぶりもなく、燐香はそっとアルバムに手を
かけた。壊れるのではという音を立てて、ページがやや強引に開かれた。
「………」
そこにあったのは、空白。何もない、ただの白い台紙だった。やはりな、と落
胆もせずアザスがアルバムから視線をはずす。それでも少女は何かを信じ
て次から次へとページを手繰った。
「あ……」
再び同じ呟き。だがニュアンスは確実に違った。喜びを含んだその声に、ア
ザスは顔を上げた。
「ほら……」
そう言って燐香が見せたのは、色褪せ掠れた一枚の写真だった。人間たち
が四人、恐らくは家族だろう男女が肩を寄せ合って笑っていた。父親と母親
らしき人物の前に子供が座る形で二人、皆カメラを見つめて楽しそうにして
いた。
「この家の人たちかな」
「かもな」
「きっとそうだよ」
何が嬉しいのか、燐香は微笑みを浮かべてその写真に見入っていた。
「知っている人間なのか?」
不思議に思いアザスは尋ねてみたが、燐香はあっさりと首を振った。
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