「ううん、知らない人」
「それじゃあ……」
「だって、人間はいなくなってもこうして想い出が残ってるなんて、なんかいいじゃ
ない。それって、確かにこの人たちがここにいたんだっていう、証しだよ。それを
後の時代に伝えることができたっていうのは、それだけで幸せなことなんじゃな
いかな」
「………」
アザスにはその少女の感慨が理解できなかった。本人たちが既にいないという
のに、その記憶や想い出の残留物に何の意味があるというのか。それも全く無
関係の存在である燐香に。それでも彼女は、いとおしむようにいつまでも写真を
眺め続けた。
「そう言えばさ」
ふと何かに気がついたように、燐香が写真から目を離して訊いてきた。
「アザスの家族って今どうしてるの?」
「知らない。と言うより、初めからそんなのはいなかったな」
「……え?」
燐香の顔が瞬時に曇った。
「亜人種なんてもともと遺伝子改造の結果産み出された人間たちの玩具にすぎ
ない。その個体数は極端に少ないし、生命力も弱く、種の保存の能力も乏しい。
俺も物心ついた時には、周りに同種なんて誰もいなかった。だから父や母という
存在がいたのかどうかさえ確かじゃない。無縁の第三者によって培養槽の中で
作り出されたのだとしても、不思議ではないだろうさ」
「じゃあ、ずっと一人?」
「こうして旅しているからたまに誰かと会うことはあるが、それでも少し会話を交
わせばあとはすぐ別の道だ。亜人種は基本的に群れないからな。おかげで他の
動物みたいに縄張り争いをする必要もなくて助かる」
「………」
淡々としたアザスの言葉に、燐香が悲しげな表情を見せた。
「そっか、あなたは家族を知らないのね」
「それはアンドロイドだって同じだろう?」
「でも……」
力無く否定しようとする少女は、また写真に目を落としながらぽつりと言った。
「ずっと一人は……やっぱりイヤだよ」
その意味するところを想像できるほど、アザスはまだ燐香のことを何も知らなか
った。ただ、手にした写真への愛着は家族という概念と結び付いているのではな
いかと、そんな気がしていた。

    三

 目が覚めると燐香の姿がなかった。昨夜の少しすれ違った会話から、彼女が
そのまま一人で出発したのではないかとアザスは思った。
「おはよー。近くで果物の樹を見つけたよ」
だが予想に反して少女が部屋へ顔を覗かせた。いつもの明るさそのままで微笑
む。
「ちょっと見たことない種類だったけど、たぶん食べられるんじゃないかな」
「……そうか」
まだ眠いという雰囲気を装って、彼は曖昧に頷いた。やはりこの少女はよく分か
らない、とアザスは内心苦笑する。
 立ち上がって背伸びをすると、入れ替わるようにアザスは外へ出た。今日も快
晴だった。あちこちで鳥のさえずりや蝉の鳴き声が湧き起こっていた。さっそく気
温の上昇が想像できて少しうんざりする。それでも、続くように廃屋から姿を見せ
た燐香に気付いて彼はいつも通りの声を発した。
「で、果物の樹ってのはどこにあったんだ?」
「あ、それはね……」
少女の案内に従って進むと、立ち並ぶ樹木の一本に表面が紫の見知らぬ果実
が房となって実っていた。一つをもぎ取り、匂いをかいだり手触りを確認してから、
彼は意を決して僅かに囓った。
「ん……」
癖のある独特の苦みと甘みがあったが、害はなさそうだった。そのまま無言で食
べ続ける。するとその様子に燐香が不満そうな表情を浮かべた。

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