「感想、ないの?」
「……不味くはないかな」
「ふぅん……」
そっけないアザスの答えに、燐香は少し口を尖らせた。取り繕うように彼は言葉
を付け加えた。
「あ、いや……結構美味しいかもしれない」
「うん、よろしい」
ようやく少女は愛らしい笑みを見せた。それで彼も、夕べの微かなわだかまりが
消えたように感じた。
この少女と行動を共にするようになってから、言葉を操るという行為が妙に難
しいものだとアザスは時々思うことがあった。単純に浮かんだ単語を口にすれ
ば会話が成り立つものではないらしい。その時々の状況、相手の心理を考慮し
た上で最適な語彙を見出す、そんな思考の積み重ねを今まで彼は意識したこと
がなかった。してみると言葉がコミニュケーションの便利な手段だと言い切った
自説が何やら疑わしくなってくる。この意思伝達法を作り上げた人間という種族
は、実は常に高度な心理戦を続けていたのではないか、そんな疑問まで浮かん
できた。
「どうしたの、妙な顔して?」
そんな自分の思索に没頭していたアザスに、燐香は回り込むようにして顔を近
付けた。東洋的な黒い瞳がまじまじと彼を見つめる。
「いや、顔が妙なのはもともとだ」
「あ、そっか」
「……納得しないでくれ」
考えすぎた上に空回りした自分の言葉に、アザスはますます思考の深みに沈ん
でいるような気がした。
あちこちでひび割れて土が剥き出しになっている舗装路を、短い影を引きずる
ようにして二人で歩く。かたや地に這わせるかのごとく重い足取りなのに対し、少
女は軽やかに所々開いている穴を避けながらステップを踏むように撥ねていた。
「ね?」
不意に燐香がアザスに振り向いた。その間もスキップのような脚の動きは止まっ
ていなかった。
「ん?」
「この先に何があるの?」
思いがけない問い。はたとアザスの歩みが止まった。
「何かって?」
あえてはぐらかすように言ってみる。少女は無心に疑問を続けた。
「ほら、最初に会った時南に行くって言ってたでしょ。何か目的地があるのかなっ
て」
「別に……ないさ。いつも旅している身だからな。たまたま南に行こうと思っただ
けだ」
半分は本当だった。漠然とした、当てのない旅。だが残り半分の理由は言葉に
しなかった。いや、それはアザス自身分からないことだった。確証のない、けれ
ども予感めいた何か……それを見付ける為に今こうして自分は脚を動かしてい
るのかもしれない。
「ふぅん」
その嘘を見抜いているのか、燐香は特に抑揚もなく声を漏らした。
「そっちはどうなんだ」
逆襲とばかりに、同じ問いを少女に返す。燐香は少しだけ、ほんの少しだけ顔
を逸らして口を開いた。
「似たようなものかな。おっきな街に行きたいと思ったの。それだけ」
「そうか……」
「………」
会話が途切れてしまう。互いに本当のことを口にしていない、そう感じるのはア
ザスのちょっとした後ろめたさからだろうか。それでも構わなかった。別に真実
を知る必要はない。目的地に着いてしまえば後は別々になる二人である。無用
の干渉を避けるのは賢明と言えた。
儚さを示すように陽炎が頼りなく揺らめいていた。その空気に溶け出すように
沈黙が満ちていく、そんな表現をアザスが漠然と心に描いていると、ふいに燐香
の瞳が何かに吸い付けられた。見る間に好奇心一杯に顔を綻ばす。
「あっ、あれ!」
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